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切り開く [書斎の本棚]

二次小説です。





この作品は、以前書いた「何処かに置き忘れたシーン」を読んで頂けると、話がつながると思います。


切り開く

「もう、住む場所は決まったのか?」
「はい、夏休みになったら先輩も家族で遊びに来てくださいよ」
「お前の家は、そんな大きい家なのか?」
「いえ・・・アパートです。ちょっと狭いですね」
「ははは」

汐留の太陽は広い窓から明るい日差しを注ぎ込みオフィスを照らす。
すぐそばをゆりかもめが走り抜けている。

守は目の前の後輩の笑い顔を見ていた。
その後輩は入社してすぐに守の部署に配属された。
その後、守は異動したが、その翌年に追いかけてくるように彼も異動してきた。
守はその後輩を指導することで、彼自身も成長してきた。

そのフロアには守と後輩の二人だけになっていた。
週休二日制だが、今日も休日出勤をするものが多数いた。彼らは三々五々帰って行った。
少しモチベーションが下がっているのかもしれない。

「大丈夫か?」
「はい。先輩の言葉で吹っ切れましたから」
「そうか。なら、いいけど」
「あ、先輩。・・・僕より先に辞めないでくださいね」
「ん?・・・ああ」
「とりあえず、1年でも2年でもやってみて、それで嫌になったら辞めればいいって言ったのは先輩ですからね」
「そうだな。俺は・・・辞めないよ。辞める時には、最初にお前に言うよ」
「はい。辞める時は一緒ですよ」


今年も恩師の命日が近付いてきた。
その時分に、いつも同窓会を開いていたが、みんな仕事と家庭を抱え、横浜、東京を離れる者も少なくない。海外勤務をしている奴もいた。
同窓会に参加できる人数が少しずつ減り、去年はついに同窓会を開けなかった。

今年の桜はいつ頃咲くか・・・こんな話が出る頃、あの日を思い出す。


今年は大変だった。
守の会社は4月から業界トップとなる。
守達の努力もあったが、業界トップになったのは別な理由だった。


大学在学中、守は広告代理店に入社すべく就職活動をした。
最大手の代理店の就職説明会にも参加したが、ほぼ門前払いだった。
守は希望の業界に就職こそ出来たが、それは中堅の会社だった。
会社はトップ代理店と比較して売上規模は随分と劣るが、優良な顧客を抱えており収益も上げていた。
半年前、秋の気配が色濃くなるある日、株式売買が終わった午後に合併の話を聞かされた。
相手は15年前に一度門前払いされた業界最大手。
新会社としてのスタートは翌年の4月だった。



守は通常の職務以外に合併準備チームの一員として、相手側とのすり合わせに参加し多忙な毎日を過ごしていた。
同じ業界と言えども、すり合わせすべきところはたくさんあった。

無我夢中で仕事や分科会を捌く守に比べ、考える余地があった後輩は随分悩んでいた。
守には深く悩む暇さえなかったのだ。

このまま、新会社に行ってもいいのか?
表面上、対等合併ということになっているが、結局は吸収されるわけだ。
優良な顧客と健全な経営をしていたので、業界トップの会社から見ても、一応価値があったということは守達のプライドを最低限守った。
合併の条件で従業員全員の雇用は約束されていたが、本来ならこれだけの人数は要らない。
実質吸収される側にはどうしても暗い未来を想像してしまう。

後輩の相談に、「とりあえず、行ってみて1年経って辞めたかったら辞めればいい」
それは自分自身にも言い聞かせた言葉だった。

先日、内示が出て、後輩は北海道支社で新しいスタートを迎える。
今までの会社なら北海道には支社どころか、営業所も出張所もなかった。
従来と比べようもない規模を実感する。


今日は散らかし放題のデスクと、その上で散らばる資料を整理するのが目的だった。
だが、机を整理しているのは転勤するものだけではなかった。
辞めていく者もいた。

守も資料棚の整理をする。
会社に残る者も、引っ越しの準備が必要だった。
このオフィスは引き払われ、窓から見える高い高い自社ビルへと引っ越さなければならない。

引っ越しまでまだ半月ある。日常業務に必要なものは、仕舞いこむわけにはいかない。
慎重に選んで、引っ越し用の段ボールに収納を始めたが、だんだん資料に目を通す時間が短くなり、インスピレーションで「廃棄」と「搬入」用に分けた段ボールに放りこんだ。





「女房と子供がそこまで来てるんだ。最近、かまってやれなかったから」
「そうなんですか。奥さんには随分お世話になってますから、挨拶したいんですが、まだ整理が終わりそうもありません」

せっかくの親子水入らずに遠慮しているのを守は感じ取った。

「明日の晩、暇か?用事がなかったらうちに来ないか?飯でも一緒に食おうぜ」
「いいんですか?行きます、行きます」
「じゃあ、駅に着いたら電話くれよ。迎えに行くから」
「わかりました。6時位でいいですか?」
「ああ、いいよ」

守は分類した段ボール箱を物置と化した会議室に運び込んだ。
新しいオフィスに持ち込む段ボールには自分が座る予定の場所のシールを貼った。

「じゃあ、お先」
「お疲れ様でした。明日、よろしくお願いします」

守はさっと手を挙げて、無言で応え、オフィスを出た。

エレベーターで降りると、ビルを出た。
青い空と白い雲はどことなく輪郭があやふやだったが、それは近付いてくる春を感じさせた。
休日、街を歩く人々の服装の色も、心なしか明るい色が目立つ気がする。
10分くらい歩くと、あらかじめ相談して、二人が待っている場所に到着した。

入口で入園料の300円を支払い、中に入る。
親子連れやカップルが多く、満開の梅に目を奪われる。
カメラを構えて、家族や恋人、風景や花々を撮っている人も多い。

学生時代、カメラを抱えて映画を撮ってみたいと思ったことを思い出した。
母校に行って、カメラを回したこともあった。



遠くから、歌声が聞こえる。
そういえば、入口で菜の花コンサートという文字が目に映ったのを思い出した。

中島へと渡る橋に差し掛かると、勢いよく走ってくる姿が見えた。

「パパ!」

その後ろから池に落ちてしまわないか、心配しながら追いかける母親の姿も見える。
守は飛び込んできた息子をしっかり受け止めて、抱えあげた。

― 随分、大きくなったな ―

妻も息を切らしながら、横に立った。
この息子の体重以上に重たいものを守は今、背負っていた。

妻が守にビデオカメラを渡した。
守はスイッチを入れて、息子に向けた。
目は守に似て、それ以外は母親似だと周囲は言った。
そんな息子は、レンズに向けてピースサインをした。

映画を撮る夢は無くしてはいない。
どんなシナリオより、波乱万丈な展開が毎日あった。
息子の成長は、守の成長でもあった。

息子の横にしゃがみ、顔を寄せる妻。
守は二人を画面に収めた。
その背景には、開発が進むビル群が見える。
来月から通う、新しい会社も見える。

守はビデオを構えたまま、笑った。
その表情は自信にあふれていた。

― 先生、おれ、負けないよ。 ―

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