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こころのこり [書斎の本棚]

ドラマ「僕の生きる道」の二次小説です。

ドラマを観ていないと、全く内容が伝わらないかもしれませんね。

興味のある方だけ、お進みください。



こころのこり
まもなく秀雄さんの三回忌が始まる。
今年も、教え子たちが沢山韮崎までやってきてくれた。
教会の待合室で、みんなと色々おしゃべりをした。
あまり変わっていないと思っていたが、外見も内面も少し大人っぽくなっていた。

「みどり先生!」

国立大学に進んだ赤坂栞と歌手を目指している杉田めぐみが一緒にやってきた。

「なあに?」
「私、気になっていることがあるんです」
「え?」

赤坂栞が3年前のことを話し出した。
彼女には忘れられない事らしい。
最初から秀雄さんの授業を聞いていた杉田めぐみもよく覚えていた。
勿論、私も忘れられない。








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秀雄さんが、金田先生を呼んで来て欲しいと言った。
どうしたんだろうと思う暇も無く、金田先生が丁度病室にやって来た。

秀雄さんは、合唱コンクールの決勝戦に出たいと言い出した。
驚きつつも、私も万が一を期待した。

だが、今度は期待を膨らませる暇も無く、金田先生の端的な言葉で打ち砕かれた。




病院の外に出て、携帯電話のメールと留守番電話をチェックすると麗子先生から電話が来ていた。
父親の隆行から秀雄さんの状態はひとまず落ち着いたことは伝わっている。退院も難しいことも。
明日、みんなで見舞いに行ってもいいかという連絡であった。
明日はお義母さんの佳代子も上京してくる事を思い出したが、是非来てくださいと伝えた。



「秀雄さん、明日先生方がお見舞いに来てくれるそうですよ」
「そうですか。母さんも来るし、賑やかになるな」
「そうですね」

秀雄はまっすぐ見つめながら、実際何も目に入っていないようだった。

「みどりさん。」
「はい」
「僕は合唱コンクールの決勝には出ることが出来ません。」
「はい」
「僕の代わりに誰か指揮者を決めなくちゃいけません。」
「そうですね。あ、伴奏も誰かにやってもらわないと。」
「みんなに迷惑をかけちゃいましたね。」

みどりは優しく微笑みながら、返事を探していた。
秀雄はみどりの戸惑いを感じつつ、先に言葉を続けた。

「みどりさん。お願いがあります。」
「はい」
「タクトを持ってきてくれますか。」
「タクト?」
「もう一度、僕自身そのタクトを握ってから、託そうと思います。・・・・・吉田君に」
「吉田君!?」
「彼は本来の力を発揮さえすれば志望校も問題なく合格できたはずです。でも、彼はプレッシャーに弱く、本番になるとあがってしまう。」

秀雄は一息ついて続けた。

「僕は吉田君が来年もう一度入試に挑戦するまで見守る事は出来ません。だから、この合唱で彼には強くなって欲しいのです」

みどりは合唱コンクールの決勝戦に参加したい理由が吉田君にあるのだと気が付いた。

「僕から久保先生にお願いして、吉田君に合唱の指揮をするように伝えます。」
「はい」
「あと、ピアノの伴奏は誰にお願いしましょうか?」
「そうですね。私がピアノを弾けない時、紺野さんに何度か弾いてもらいました。彼女にお願いしましょう。」
「はい、そうしましょう。」

秀雄さんがにこっと微笑んだ。

「タクトは明日の朝持ってきますね。」
「はい。・・・・・みどりさん、あともうひとつ持ってきてもらいたい物があります。」
「え?」










秀雄さんが倒れた日、混乱のままアパートに帰った。
あの時、意識はしていなかったがちゃんと秀雄さんの鞄をアパートまで持ち帰っていた。
倒れた時まで握られていたタクトはケースに入れられて、鞄の中にあった。
みどりはタクトと、もうひとつ秀雄さんに頼まれた物を取り出した。







ベッドの上、秀雄さんが起き上がるのを手伝ってあげる。
どうにか、秀雄さんは半身を起こした。
私からタクトを受け取ると、それを久保先生に託した。
秀雄さんの気持ちと一緒に、吉田君に渡してくれるだろう。





先生方は帰って行った。
義母さんは、買い物に行っている。



「秀雄さん、これ頼まれていた本です。」
「ありがとうございます。二度目ですね、病院まで持ってきてもらうの。」
「そうでしたね。」

秀雄はその本を受け取り、愛おしそうに表紙をめくった。

「この本は僕にとって、とても大切な本なんです。」
「はい」
「病気の事を知って、一日一日の大切さが初めて分かりました。生徒たちに僕の気持ちが伝わったのもこの本のお陰だと思っています。」
「はい」
「この本は本当に大切な事を教えてくれました。」
「はい」
「でも、まだ読んでいないんですよ。」
「え?」

秀雄さんは苦笑いをしている。
つられて、みどりも笑ってしまった。

「生徒たちの手前、これだけはちゃんと読まないといけないなと思っているんです。」
「でも、秀雄さん・・・・・」

みどりはこの本の中身を知っていた。

「はい、分かっています。このような状態の僕が読むような本じゃないですよね。将来の為の本ですから。でも、読もうと思います。あ、そうだ、みどりさん。金田先生の教わった言葉があるんですよ。」

秀雄は何か嬉しそうな顔をしていた。

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日、私はリンゴの木を植える。・・・・・そして、本を読む」

本の事はともかく、リンゴの木の話が二人の結婚を後押ししてくれたことを教わった。








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「ねえ、みどり先生。中村先生が読まなかった本の話をしてくれた事があるんですけど、知ってます?」
「ええ、知っているわよ。中村先生、私にもその話をしてくれたことがあるわよ。」
「私、大学に入ってから何度もくじけそうになったことがあります。その度に中村先生の読まなかった本の話を思い出して頑張ってます。」

横で杉田めぐみも頷いていた。彼女も夢を目指して毎日闘っている事だろう。

赤坂がみどりの手を引いて尋ねる。

「あの本、どんな本なんですか?」
「え・・・・・」
「あの時の事をいつまでも忘れないように、同じ本を買おうと思っているんですよ。」

困った・・・。別に本当のタイトルを言ってもいいのだが・・・・。

「私は読んでいなかったからな・・・。あ、でも中村先生、こんなことを言っていたな。」

栞とめぐみは目を輝かせている。

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日、私はリンゴの木を植える」

傍に近藤萌と共に居た、医学部に通う田岡雅人がそれを聞いて反応した。

「あ、それ知っている。教授に勧められて読んだ本に載っていた。」
「え、何の本?」







秀雄さんは少しずつその本を読んだが、半分も読む事は出来なかった。
みどりは、その本を持たせて旅立たせた。

「もう、読み終わりましたか?秀雄さん・・・」

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