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佳代子とみどり [書斎の本棚]

2003年に放映された、ドラマ「僕の生きる道」の二次小説になります。

興味の無い方はもちろん、世界観を崩されたくないという人もこれより先に進まないでください。

ドラマで描かれていたことを背景に書いていますので、ドラマを観ていない人には意味不明となってしまうかもしれません。ご了承ください。

ドラマの最終回から、もう8年が経過しています。
何度か再放送もされ、その度ごとに反響がありこのブログと、特にもう一つのブログ(四畳半の日記帳)へのアクセスが伸びます。
多くの方がいいドラマだと思っているのだろう。

これまで、そこそこの量の駄作を積み重ねてきましたが、流石に8年という年月は新作を書こうとする原動力を鈍らせますが、先日の自分の行動が、創作を意欲を刺激し、新しい駄作を一気に仕上げさせました。そのあたりももう一つのブログを見て頂けると、何があったのか解ると思います。

さて、前置きが長くなりました。
興味のある人だけ、どうぞ。



佳代子とみどり


「あ、2号じゃないんだ」

ホテルの一室で、みどりはつぶやいた。






昨晩は、首都圏の私立中学・高校の教職員に関係するセミナーがあり、みどりは陽輪学園の代表として出席していた。
セミナーの後、懇親を目的とした立食パーティが用意されており、みどりは多くのものに囲まれていた。
20代からこのような会合には積極的に参加していたみどりだが、その容姿に誘われて比較的男性に囲まれることが多かったが、最近では同性に囲まれて質問を受けることが多かった。

みどりがそのような会合に積極的に出席するのには理由があった。
みどりは将来、学園経営に関わらないと決めていた。その代わり、全力で教育現場に立ち、教え子たちを見守っていくつもりだった。
以前、理事長であり父親である隆行とその話をする時が来た。
みどりは一方的に話を続けた。
隆行は、「分かった」と意外なほどあっさりと承知した。
その態度にみどりの方が戸惑い、「何故?」と聞いてしまった。
答えは「お前の事を信じるよ」だった。


懇親会は終了し、みどりは横浜へ戻らず、歩いて予約をしておいたシティホテルに向かった。


なかなか手に入らないお菓子が偶然に手に入り、みどりは韮崎に住む義母親の佳代子に宅配便で送っていた。
業者は配達に向かっても不在で、不在通知を入れても応答がなく、それを何度か繰り返すうちに発送人へその事を伝えてきた。
それが昨日のことだった。
慌てたみどりも連絡を試みたが、電話は通じなかった。
みどりは思案し、秀雄の葬式にも参列してくれた、秀雄の幼馴染の母親へ電話を入れてみた。
彼女は不在であったが、たまたま息子夫婦が帰省しており、断片的な情報だが、倒れて市立病院に入院しているが、それ程危険な状態ではないらしい。あくまでも、すれ違いざまに聞いた事なのではっきりとした事は分からないが、と念押しされたが・・・。


みどりは私学の会合が開催された新宿に泊り、翌日は有給休暇を取り佳代子の様子を見に行くことにしていた。



朝の支度を済ませ、余裕を持って新宿駅に到着出来る時間で、携帯電話の検索メニューに時刻を入力した。

検索されて出た結果は、8時丁度のスーパーあずさ5号だった。

父親の隆行がよく口ずさんでいた歌をよく覚えていた。
8時丁度だが、あずさ2号では無かったと、ちょっと残念に思ったみどり。
携帯電話をカバンに入れると、部屋を出て新宿駅へと向かった。


沢山の通勤客をすり抜けて、みどりの窓口へ到着する。
韮崎までの切符と、特急券を購入する。
座席指定にするか、自由席にするか迷ったが、指定席がまだ余裕があると聞いたので自由席も空いていると推測し自由席特急券を購入した。

ペットボトルのお茶を買い、ホームへと降りる。
すでにスーパーあずさ5号は入線していた。
自由席に向かう為、ホームを歩く。そこから見える指定席の窓からは、思った以上に乗客が座っている。
やや、焦ったが、自由席の車両に到着するとまだまだ座席は空いており、ホッとする。

みどりはいつも通り、進行方向左側の窓際に座る。





新宿駅を発車したスーパーあずさは、平日の中央線の駅を次々と通り過ぎていく。
紫外線の強そうな陽射しが窓から容赦なく差し込んでくる。
みどりは陽射し避けを降ろした。



軽快な揺れが睡眠不足のみどりを居眠りに誘った。
次に目が覚めた時、陽射し避けを上げると、先ほどまでの風景とは一変して緑に囲まれていた。
どうやら、大月を越えたあたりらしい。

陽射しは相変わらず強いが、5月の深い緑が中和してくれるのを感じ、みどりは陽射し避けを下げることなく、窓の外をずっと眺めていた。

長いトンネルをいくつか抜けるうちに、スーパーあずさ5号は平地に出た。
みどりは、飲み残しのペットボトルのお茶を飲み干し、乗り換えの準備をする。



みどりは甲府駅で降り、既に到着している普通電車の小淵沢行きへと乗り換える。
あまり時間が無かったが、これまで何度も行ってきたことなので、慌てる事も無く乗り換えを済ませた。
そして、みどりは思い出した。
義母、佳代子の甲府駅に関わる話を・・・。


闘病している息子夫婦と連絡が取れなくなり、旅行先の穂高から東京へ向かった佳代子。
その車中で無事が分かり、甲府で降りて廻れ右をした佳代子。
秀雄の死後、随分と経ってからその話をみどりは聞いていた。
佳代子はどんな思いで、この電車に乗ったのであろうか?
残念ながら、自分は子供を産む事はないだろう。
佳代子の気持ちを想像は出来るが、彼女の想いのどれだけを理解出来ているのか解らない。
最後まで一緒に妻と、遠くから見守り続けた母との気持ちは、同じ尺度では測れない。

軽快な発車のメロディがホームに流れた。
対照的な重そうなドアが音を立てて閉まる。





秀雄の故郷であり、佳代子の住む韮崎が近づいてくる。
座席にも空席はあったが、みどりは立って外を眺めている。
やはり、進行方向左側を向いていた。

みどりは風景の変化を読み取り、そろそろだと目を凝らす。
少しずつ街は変化しているが、それでも大凡の見当は付けられる。
みどりはいつもの癖で大きな桜の木を探していた。

秀雄を追いかけて訪れた際に初めて出会った桜。
秀雄の思い出や秀雄との思い出もそこにある。
そして、そのそばに秀雄の実家があり、佳代子はそこに住み続けている。


畑の中に一本だけ堂々と立つ姿は遠くからでも目立ち、花の咲く季節には近所だけではなく遠方からも沢山の人が集まるようになった。
みどりが一人で韮崎を訪れるようになってからの習慣だった。

ただ、線路付近の家並みが高くなり、視野を遮られることが増え、また王仁塚の桜も背景の山々や付近も緑が深い時期であった為、なかなか自身が持てなかった。
そのうちに、目の前に市立病院が目に入る。
佳代子は今、王仁塚の桜のそばではなく、この病院にいるのだ。



韮崎の駅を降りて、すぐに病院へ向かう。
佳代子の病室を探ろうと思い、受付に向かう。




「みどりさん」
「お義母さん!」

ちょっと、はにかんだ顔の佳代子がそこにおり、右腕はギブスで固められ、吊り下げられていた。

「どうしたんですか?」
「ちょっと、失敗しちゃった」

色んな物が混じった表情を見せて佳代子は、喫茶室へとみどりを誘った。
病院内の小さな喫茶室は、小声で話すような場所では無く、先ほどの受付付近と違うとすれば、座れることと、飲み物が出てくることぐらいであり、テーブルはほぼ埋まっていた。

空いている席を見つけて二人は座った。
佳代子は紅茶を頼み、みどりも同じもを頼んだ。

「お義母さん、その腕どうしたんですか?」
「実は、買い物帰りに神社のそばで自転車で転んじゃって・・・。カゴに荷物を入れ過ぎたのかな。」

佳代子はとっさに手をついたが、倒れてきた自転車が後から腕に覆いかぶさり骨折をしていた。骨折だけでなく神経を損傷しており、メスを入れる必要があったので入院していた。
秀雄の幼馴染夫婦が「倒れた」というのは間違いでは無かった。文字通り、自転車ごと倒れたのだった。


「お義母さん、連絡を頂けたら良かったのに」
「骨折はしたけど、大したことはなかったのよ。ただ、どうせ入院するなら全身隈なく調べてもらったの。これ見て頂戴」

佳代子が利き腕では無い左手で書面を一枚差し出した。
今日受け取ったばかりだと言う、検診の結果であった。
全て細かく見なくても、総合判定がAだった。
みどり自身、A判定を最後に取ったのが何年前か思い出せなかった。
段々と、何かしらの数値が上がったり、再検査が必要な項目が増えていた。
右腕こそ骨折しているが、佳代子の方が健康と言えるだろう。

「お義母さん、一緒に暮らしません?」

佳代子はこれまでに何度も聞いた、みどりの誘いをいつもの笑みで今度も聞いていた。

「みどりさん、ありがとう。でも、私はお父さんとここにいるつもり。最後まで」

みどりは気がついた。いつもとは答えが違っていた。
佳代子は初めてみどりに告げたのだ。『最後まで』ここに留まると。


「みどりさん、私、今日退院出来るのよ」
「あ、そうだったんですか。では、一緒に家に行きます。荷物の整理をしましょう」
「あ、それは大丈夫。着替えを少ししか持ってこなかったから、もう手提げに入れてあるのよ。後は病院の手続きと精算を済ませるだけ。お昼ごろまでには終わると思うわ。あ、こっちは久しぶりだったわよね。この辺りでも散歩してみたら」

みどりはちょっと思案したが、佳代子の性格はよく知っている。今日退院をするなら、間違いなく荷物は片付いているだろう。
佳代子の言葉に従って、周辺を散歩してみようと思った。

腕時計を見た。10時15分だった。

「お義母さん、お昼前には戻ります」
「はい、いってらっしゃい」


桜並木や王仁塚の桜、武田八幡宮は佳代子の家に向かう時に通りかかる。
みどりが行きたいと思ったのは、教会だった。
病院を出て、まっすぐ教会へと向かった。





窓からそそぐ太陽は適度に遮られ、教会の中はやさしい光に包まれていた。
振り返り、入り口の上にあるステンドグラスは記憶のそれと変わることなく今でもそこにあった。

ここで刻んだ記憶は沢山あった。
みどりは教会の長椅子に座り、やさしい光の中で思い出と遊んだ。

秀雄に教えてもらった、幼少期の合唱の時の様子も想像出来る。
ふたりが結婚した場所であり、来ないと覚悟していた父もやってきてくれた。

覚悟していたはずの秀雄の死が訪れ、呆然としながらもどうにか見送った場所でもあった。
その2年後には3回忌もこの教会で行った。

そして、帰省する秀雄を追いかけて韮崎まで来たことを思い出した。
当時は秀雄の実家の所在も分からなかったし、何時の電車に乗っていたのかも分からなかった。
この教会に寄ることも確証はなかったはずだが、当時のみどりはこの教会に入っただけで、秀雄が通っていた教会がここであり、帰省のおりには立ち寄ると疑いも無く感じていた。

あの時も確か、この辺りに座ったはずだ。
そして彼がやってきてくれたのだ。


みどりが15年前のことを思い出していると、あの時と同じように教会の扉がゆっくりと開けられた。

入って来たのは秀雄では無く、佳代子だった。

「あ、みどりさん。やっぱりここだったのね」
「お義母さん」
「退院の手続きがすぐに終わったから、来ちゃった」

佳代子の左手には手提げ袋がひとつぶら下がっていた。
みどりは立ち上がり、佳代子の元へ駆け寄った。
急いでその手提げ袋を受け取る。

「みどりさん、ありがとう」
「はい」

みどりはもう一度祭壇の方を振り返り、軽く目をつむり挨拶をして教会を出た。


佳代子の為にタクシーを拾おうとしたが、

「身体がなまっているから、歩こうかしら」

佳代子の様子を見て、問題なさそうだったのでみどりも同意した。

「はい、歩きましょう」



あの日と同じ道を佳代子と歩いた。
橋を渡り、広域農道を歩く。
王仁塚の桜は花の季節から一ヶ月以上が経ち、青々とした葉が茂っていた。
みどりは足を止めて、桜を見上げる。
佳代子も足を止めて、そんなみどりを見ていた。

「今年も綺麗な花を咲かせたのよ」
「そうですか、また桜の花を見たいな」
「見に来なさいよ」

佳代子がゆっくりと歩き出しながら言った。


みどりは佳代子の病状が悪ければ、無理をしてでも横浜での同居を勧めるつもりだった。
だが、佳代子は『最後』までこの韮崎にいると言った。
夫が眠り、秀雄が育った場所に最後まで居ると。

佳代子は息子の病状を知りながら、最後の時まで離れた韮崎から見守り続けた。
何度みどりが誘っても、いざという時まで佳代子はやって来なかった。
こどもがいない、みどりには分からないことだし、もし子供が居たとしてもやっぱり分からなかっただろう。

みどりは何度か、秀雄との子どもを授かっていればと考えたことがある。
残念と思った事も、これで良かったと思った事も、両方いっぱいある。

だが、先をゆっくりと歩く佳代子の小さくて大きな背中を見てみどりは思った。

「秀雄さん。私はあなたの子供を授からなかったけど、もう一人の母親を頂きました。あなたと出会わなければ、会う事が出来なかった母親です」

みどりは王仁塚の桜を見上げる。

「秀雄さん。私、決めました。」

もう一度、佳代子を見る。

「お義母さんと同じように、見守ります。そして、何かがあった時には必ず・・・」


みどりは駆け足で佳代子に追いついた。
並んで歩く。

「みどりさんが来ると分かっていたら、お布団を干して、玄関も掃除したのに・・・」
「お義母さん、それは無理でしょう」

みどりは笑いながら答える。

「それも、そうね」

佳代子も笑う。

もうすぐ、それぞれにとって懐かしい家に着く。

「みどりさん、こんばん、すき焼きでいいかしら?」
「はい」










作品中に登場する、佳代子が秀雄達と連絡が取れず旅行先から秀雄達の元へと駆けつけようとした話は、このブログ内、『思いは翔ける』という駄作で描いております。そちらも興味があればどうぞ。

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CYPRESS

おぉ~、久し振りの新作(^_^)v。
楽しみました(^_^)v。
私も書こうかなぁ…、maeboo.さんと違う事を。
でも創造っていうのは解釈や分析と違い表現したいものが心の中に無いと出来ないもの。
この手の熱中具合は、maeboo.さんに全く敵いません。
昔、絵を描いていたんでその辺のことは小説も同じだと思います。
何か言葉で表したいものが『僕の生きる道』に関して私の中には有りません。
尤も私の場合、『世界の中心で、愛をさけぶ』にも有りませんが(笑)。
心に有るのはDVDboxの金策ばかり(笑)。
、と言う訳で次回作を楽しみにしてます。
by CYPRESS (2011-06-19 23:49) 

maeboo.

CYPRESSさん、こんばんは
ボチボチと続けております。
CYPRESSさんには、私と違ったドラマや映画の分析能力があります。
みんなそれぞれの楽しみ方を持っているのですよね。

趣味に投じる金策は私も同じ。
カメラに使っている記録媒体のSDHCメモリーカードも32GB。
先日の紫陽花撮影の際には、いっぱいいっぱい撮りましたから、ノートPC上で作業しているとすぐにハードディスクがいっぱい。外付けに保存していますが、現像やブログの更新の為のリサイズなど、同時に色々やっているとノートPCがストライキを起こします・・・・。
by maeboo. (2011-06-20 21:49) 

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