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父として、教頭として [書斎の本棚]

二次小説です。





父として、教頭として
誰も居ない西陽が射す教室に秋本と古田は居た。
生徒の椅子に座ると、秋本はそっと話を始めた。
尊敬すべき理事長は明らかにいつもと様子が違っていた。

にわかに信じられないことで古田の思考は停止寸前だった。
だが、秋本は秀雄が少しでも教師を続けられるように配慮をお願いしてきた。
古田は少し冷静さを取り戻した。

そして、その直後に秋本の本当の苦悩を知ることとなる。
教育者であると同時に理事長は親でもあった…。



古田は秋本と別れて家路についた。
電車の中で、駅から歩いて帰る道で、先程秋本から聞いたことが頭を離れなかった。
職場での今後の方策は本人と相談してから決めようと思う。
大変な事なのだが、それが最善の策だと教頭の自分は割り切ることが出来た。
だが、もうひとつ…父親としての苦悩が古田にも襲ってきた。


自宅に着き、玄関を開ける。
すると偶然、娘が階段を昇るところだった。

「お帰り」

受験生の長女は振り向くこともなく、背中を向けたまま古田に声をかけそのまま二階へ上がっていった。

「ただいま。」

古田はちょっと慌てながら返事をした。

食事の前に風呂に入った。
ぬるめの風呂に入りながら様々な考えが交錯する。
何一つ、答えは見つかることはなかった。

風呂から上がると夫人が夕食の準備を終えていた。
古田がテーブルにつくと、夫人は二階に向って声をかける。

「ごはんよ。降りてらっしゃい。」

返事の代わりに階段を降りてくる小刻みな音がして、勉強を中断した一人娘がテーブルについた。

この年頃の女の子は父親と距離を取りたがる。
古田は職場でもそのような世代の子供達と接しているのでそんな態度に慣れていた。
古田は自分のことを話さない娘に食事のときくらいは積極的に声を掛けていた。
勿論、夫人からも間接的に情報は得ている。しかし、直接会話をするように努めていた。

だが今日の古田は娘に話しかける言葉が見つからなかった。
妙な沈黙が食卓を包んだ。

夫人は古田の様子がおかしいことに気がついた。
長年連れ添った夫婦なのだから。
今日は夫人が食卓で一番の話し手となった。
夫人が話しかけることに古田も娘も答えて、会話は構成された。

「ご馳走様」

愛娘は一足先に食事を終えると、食器をキッチンのシンクに運び二階に上がっていった。
また、沈黙が食卓を包む。
二人になると夫人は何も古田に声をかけることはしなかった。
夫人は古田の事は誰よりも知っていた。何かあれば、話してくれる。


食事を終えて、夫人はキッチンで洗い物をしていた。
その間も古田はリビングで黙ってテレビを観ていた。
でも、それは正確にはテレビは点けているだけで内容はちっとも古田の頭には入っていかなかった。

食器洗いを終えた夫人はお茶を入れてリビングに入ってきた。

「はい、どうぞ。」
「お、ありがと。」

古田は一口お茶を飲んだ。
夫人もそばに座った。

しばらく沈黙が流れる。

「なあ、あいつ付き合っている男いるのか?」
「さあ、どうでしょうね…。受験で忙しいようだから今は居ないんじゃないかしら。」
「今は…って、前にはいたのか?」
「ええ、知りませんでした?」
「そんなの聞いてないぞ。」
「聞かなくても分かるでしょう。」

古田はちょっと不服そうな顔をした。
夫人はまだ、古田が何を悩んでいるのか分かりかねていた。

「なあ、あいつもいつかは結婚するんだよな。」
「え?ふふふ、そうですね、いつかはお嫁に行くんでしょうね。でもまだ先のことですよ。」
「親なら子供が幸せになって欲しいと思うのは当たり前だよな。」
「当然です。」
「でも、幸せって一体何なのだろう…。」

夫人は知っていた。
長年連れ添った仲である。
古田はそろそろ何を悩んでいるのか打ち明けてくれるだろう。
長い夜になりそうな予感もしていた。



翌朝、古田は寝不足気味だが張り切って出勤した。
自分の一番の理解者に全てを話し、心に芯が出来ていた。

一人の男の運命が大きく動いたのにつられて周りのものもその渦に巻き込まれていく。
古田もその一人だった。彼の生きる道も変わっていく。


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2010年3月 並木道Departure ブログトップ

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