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みどりのOneDay [書斎の本棚]

二次小説です。



みどりのOneDay



その日、みどりは今は亡き夫を思いながら居眠りをしていた。
少しずつ少しずつ暖かくなってきた春の日差しの中、秀雄からプロポーズを受けたあの大きな木の下で。

みどりには、この大きな木に来れば秀雄も必ずやって来てくれていることは分かっていた。
もちろん今日もすぐそばに秀雄は居るであろう。
いや、この場所に来た時だけではなく日頃の生活の中でも、ふと秀雄が横に立っているのではないかと感じることも有る。

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いつもであれば大きな幹の向こう側にいる秀雄に話し掛けるだけで満足していたが、今日はどうしても秀雄と会いたかった。姿を見たかった。話をしたかった。相談したかった。

先週、義母親の加代子がみどりの家に遊びに来た際にこんな話をしてくれた。
 
「みどりさん。ここに来る前にわたし港のそばの公園に寄ってね、大きな木の下のベンチでつい居眠りをしてしまったのよ。そうしたらね、秀雄が夢に出てきてくれたのよ。遊覧船に乗ったり、展望台に上ったり、洋食屋さんで食事したり。ほんと楽しかったわ。」




と加代子は本当にうれしそうだった。
その話を聞いたみどりは素直に

「お義母さん、よかったですね。」

と言ったが、正直少し羨ましく思っていたのだ。
この加代子の話しを思い出して自然と足がここに、そう約束の場所に向かったのだ。

 - どうしても逢いたい! -




「みどりさん。」 
「ああ、秀雄さん。」

あの時と全く変わらない、優しい微笑みを浮かべながら秀雄がゆっくりと歩み寄ってきた。
そして秀雄はみどりに向かい、そっと手を差し伸ばしてきた。
みどりも自然と手を伸ばし、そして握った。

 - あったかい。 -

ふたりは結婚式の前日にも訪れた懐かしい植物園の方向に向かい、手をつなぎながら並んで歩いていく。
途中、大きな噴水の周りで子供達が大きな声を上げてはしゃいでいる。
そしてその子供達を見守る位置で母親と思われる主婦達が談笑の花を咲かせていた。
艶やかな色の植え込みの向こうに独特の形をしたガラス張りの植物園が見えてくる。
そしてみどりは堰を切ったようにしゃべり出した。

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あの日以来、何かあればあの大きな木に来て必ず秀雄に報告していた。
卒業していった生徒達のこと、相変わらず仲の良い先生達のこと、加代子や隆行のこと、そしてみどり自身のことも。
それでも、横に秀雄がいると次から次へと話したいことが出てくる。秀雄はそのすべてを聞いてくれている。

植物園を一巡りした頃、みどりは一息ついて、

「なんか私ばかり喋ってますね。」
「いいですよ。みどりさんのお話しを聞くの、とても楽しいですから。」
「私、いっぱいおしゃべりしたらお腹がすきました。何か食べに行きませんか?」
「はい、行きましょう。どこに行きましょうか?」
「そうですね…。あっ、そうだ、あの店がいいな。」
「ん?どこですか?」
「えーっと、実はお店の名前は覚えていないんですが…。」
「えっ…?」

みどりは食事を終えて、ちょっとひりひりする口に冷水を含んだ。
秀雄もみどりの満足そうな笑顔を見てうれしそうだった。

「おいしかったー。私あれから、一人で丁稚にもカンテラにも行きました。でもここの麻婆豆  腐を食べに来ることだけは出来ませんでした。だって、秀雄さんと又行きましょうねって約束していたから。それで何となく来れなくて…。でもここの麻婆豆腐はやっぱり激辛ですね。」
「はい。おいしかったですね、みどりさん…。本当にすみません…、みどりさん。」
「何を謝っているのですか?大丈夫ですよ。これからも、二人で食事したいときには秀雄さんを呼びに行きますから。」
「はい。いつでも呼んでください。」
「あっ、でもこんなにいつもいつもあの大きな木にお呼び出しして大変じゃないですか?」
「みどりさんに会えるなら、どこからでも飛んできます。」
「ふふふ。じゃぁ遠慮無く…。」

店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
あの日と同じ満月がふたりを見守っていた。
二人にとって二度目の、そして最高のキスをした赤レンガ倉庫の前を歩いていく。

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「ところでみどりさん。今日は僕に相談したいことが有ったんじゃないですか?」
「はい、そうでした。忘れるところでした。秀雄さんに聞きたいことがあります。」
「何ですか?」
「もうすぐ、秀雄さんが亡くなって丸二年になります。父と、秀雄さんの三回忌はどうしようかと相談してるんですが、キリスト教に三回忌って有ったかな?って迷っているんです。今年はどうするのかと生徒達からも電話がいっぱい掛かってきています。どうしましょうか?」
「みどりさんにお任せします。いつもの通りに。みどりさんのやりたいことが多分、僕の願いと同じだと思いますよ。」
「はい、実はあんなに悩んでいたのに、今日秀雄さんと一日過ごすことが出来てはっきり分かったような気がしました。もう大丈夫です。」

みどりにはもう迷いは無かった。その瞳はいつもの通り大きく輝き、月の光をきらきらと反射させている。
みどりはその月を見ながら、秀雄が以前教えてくれた'満月の夜には何かが起こる' という話を思い出していた。今日もまさにその通りだと思った。
あれほど会いたかった秀雄と会えた。心の中のもやもやも無くなった。
歩道が切れ段差に差し掛かるとみどりは足取りも軽く、その段差を飛び跳ねて見せた。

「もうすぐ日も暮れます。春とはいっても身体には障ります。そろそろ帰ったほうがいいですよ」

とすっかり日も暮れているはずの満月の夜空の下、秀雄が背後から声を掛けてきた。
その声を聞いたみどりは振り返る。それとなく予感はしたがやはりそこには秀雄の姿は無かった。





「もう…。」

みどりはちょっと残念そうな顔をしながら夢から覚めた。
スカーフを芝生の上に敷き、大きな木の幹に寄り掛かって座っている。
そのままの姿勢で見上げると、幹から枝が張り出し、まるで秀雄の大きな懐に抱かれているように感じた。
お日様は傾き始めて西の空に少しずつ朱色の絵の具を溶かし始めていた。
少し肌寒く感じたが秀雄の心遣いを嬉しく思い、こころの中はぽかぽかと暖かかった。

みどりは少しの間余韻を楽しんだ後、ゆっくりと立ちあがりスカーフを拾い上げる。
スカートの裾についた芝生を振り払い、そしてまっすぐに大きな木に向き直した。

「秀雄さん。又すぐに逢えますから、お別れの挨拶はしません。今度の週末に田舎のお義母さんの所に行って来ます。私も夢の中で秀雄さんとデートしましたって報告しなくちゃ。そして教会にも寄ってお願いしてきます。三回忌っていうか、秀雄さんを偲ぶ会というか…。
今迄もそして今日も私は秀雄さんに会うことが出来ます。でも、秀雄さんに会いたがっている人達は他にもいっぱい居ます。別にどんな形でもいいんです、形にこだわる必要は無いのですよね。ねっ、秀雄さん。」

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返事は無かったが、その代わりにやさしい風がみどりの頬をすり抜けその髪を揺らした。
そしてみどりは一呼吸おいて踵を返し歩き出した。
いつものように大きな木の傍らに立つ、秀雄に見送られながら…。

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