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メッセージ [書斎の本棚]

二次小説です。


※登場する、応急処置ですが以前テレビで観たことがある処置でした。但し、年月も経ち必ずしも有効である、もしくは逆効果の場合もございますので、そのような事態に遭遇した場合は医療関係者や救急窓口に問い合わせください。



メッセージ
「じゃあ、お父さん行ってきます。」
「お義父さん、そこの洋食屋さんにいますから何かあったら呼んでください。」

そう声を掛ける二人の間をすり抜け、小柄な少女が飛び出してきた。

「おじいちゃん、行ってくるね。」
「おう、行ってきなさい。美味しいものをいっぱい食べるんだよ。」
「うん。」

茜は嬉しそうな顔を見せ、再び両親の元へ戻った。
今日は茜の誕生日。久しぶりに親子3人での外食だった。
雅人と萌も誘われたが、親子水入らずも悪くないと思い辞退し、夕方の診察を代わってあげた。

夕方の診療時間も患者が訪れることも無く終わり雅人は白衣を脱ぎ大きく伸びをした。
看護士の後片付けも終わりいつになく静かだった。

南向きの窓には夕日が斜めに注いで部屋をオレンジに染めていた。
机に向かった雅人は久しぶりの静寂に心を落ち着けていた。
そして、机の引き出しを開けた…。




一人娘の葵は、父の姿を見ていたからか、幼い頃の闘病があったからなのか、看護士への道へ進んだ。そして、医者と結婚し茜を生んだ。
娘夫婦が勧める同居は大学病院勤務を終えると同時に従った。
小さな診療所を開業していた娘婿は毎日忙しく診察に明け暮れていた。葵も受付や助手にと忙しく立ち働いていた。
悠々自適に隠居生活を楽しもうと思っていた雅人であったが、忙しい中でも丁寧に診察を続ける娘婿の様子を見て、診療所を手伝い始めた。働く両親の代わりに茜の遊び相手になったのが萌だった。

診療所を訪れる患者さんからは敬愛を込めて「おじいちゃん先生」と呼ばれる好々爺は病気の治療だけでなく、時間をもてあまし気味の老齢の患者の格好の話し相手にもなった。
機械いじりも好きだったので、子供達が持ってくる壊れたおもちゃや年配の患者さんが携えてくる動かない目覚まし時計や音の出ないトランジスタラジオも直してあげた。半分は電池切れであったが…。
他の患者さんが

「そんな古い目覚ましなら直すより新しく買った方がいいんじゃないか?」

と外野から口を挟むが

「この目覚ましには思いでもいっぱい詰まっているんだ。もう一頑張りしてもらおう。ほら、直ったよ。」

心配顔だった老婆が目を輝かせ深々と頭を下げて礼を言う。
患者達は優しい目を持つこの「おじいちゃん先生」があの忌まわしい病気の治療に多大なる功績を残し医学に身を置く者なら知らない人間は居ないと言う位の権威の持ち主とは知らなかった。

大学病院を去り、娘婿の診療所を手伝い始めてから4年。充実した毎日を過ごしていた。




引き出しの中にあるクリアファイルを雅人は取り出した。
ビニール製のポケットから封筒を出し、中から慎重に便箋を取り出した。
便箋は時と共に変色し、折り目部分も心もとなくなっていた。
ボールペンの文字も薄くなっていた。
だが、その文字が全て消えて見えなくなったとしても雅人は一字一句読み上げることが出来た。
窓から注ぎ込むオレンジ色の夕日が便箋を染め、あの日と同じだなと思った。
ふと進路指導のときのことも思い出したりした。

「先生…、開業医って思ったより儲からないみたいだよ。」

こう呟いて、一人思い出し笑いをした。

「何を笑っているんですか…。」

萌がお茶を煎れて運んできてくれた。
それをデスクに置くと雅人の手にある便箋に気づき一緒に覗き込んだ。
二人にはそれ以上言葉は要らず、オレンジ色の世界に溶け込んでいった。

不意に待合室の電話が鳴り、静寂を打ち破った。
看護士はもう帰っており、萌が早足に向かった。
雅人は慎重に便箋を折りたたみ封筒にしまいファイルのポケットに収めた。
開けっ放しのドア越しに聞こえる萌の会話の内容がその間も耳に入り、雅人の表情は医師に戻っていた。

立ち上がり処置室へ向かう。服を着替え、消毒を開始したころ萌が報告してきた。

「表通りのコンビニのところの僕、熱湯を被り酷い火傷。お父さんがすぐに運んでくるそうよ。」
「分かった。」

殆ど同時に診療所の玄関から大声が飛び込んできた。

「先生!」

息を切らしながら毛布に包まれた息子を抱え今にも泣きそうな顔をしたコンビニの若旦那を促し処置室に誘導した。
雅人は毛布を解き、食品用のラップで丁寧に包まれた幼子を見て驚いた。
火傷の場合、流水で冷やすのは当然だが重度の火傷の場合、身体を守る皮膚が無くなると抵抗力も無くなり、体温も奪われていく。そばで慌てふためいている父親がこのような対応が出来たとは思えない。

その時、雅人は処置室の入り口に両親から貰ったプレゼントを大事そうに抱えた茜を見つけた。表通りのコンビニの隣があの洋食屋だと思い出した。
茜の誕生日のお祝いは予定の半分くらいで切り上げになったのだろう。小学校高学年の茜の表情には不満はなく、ただ男の子を心配する顔だった。
雅人の表情は一瞬、ただの祖父の顔になった。そばの萌に目だけで話をした。
萌もそれだけで察し、茜のへ向かった。隣の部屋には雅人と萌からの誕生日プレゼントがある。

すぐに雅人の目は鋭くなった。
着替えと消毒を終えた葵がまず飛び込んできた。

「葵、水分が失われている。点滴の用意!ここの設備では不十分だ。転送の準備も。」
「はい。」

葵と入れ替わりに娘婿が入ってきた。

「私だけでも大丈夫だぞ。信用していないのか?」
「お義父さんが同じ立場だったらどうします?」

雅人は何も答えなかったがマスクで隠れた口元を少し緩めた。

「始めるぞ。」
「はい。」

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