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桜が咲く前に [書斎の本棚]

二次小説です。




桜が咲く前に
ベンチに腰を掛けているみどりは静かな時間を過ごしていた。
向こうに見える芝生や道端に残る雪も今日の暖かさなら直に溶けるだろう。

もう授業は無く、報告や何か用事のある生徒達だけが学校に来ていた。
仕事も終わり学校からの帰り道、みどりは寄り道をしていた。

先週着ていたものより薄手になったコートを着ながらそのときを待った。

見上げれば桜の枝に包まれていたが、残念ながらまだ開花の気配は見つけられない。
あと二週間ほど経てば、見て貰うのが自分の定めと知っているかのごとく人の方を向いて咲くという可憐な花が満開になるなど想像できなかった。
みどりは桜だけでなく周辺にも花が無いのがちょっと寂しいなと思ったが、もし桜の花が開花のそぶりを見せたらこんなに静寂な時を過ごすことが出来ないなと思い直した。

ベンチに座るみどりの前を初老の男性が通り過ぎた。
みどりは腰掛けながらその男性の背中を見ていた。
みどりの思考の中ではその姿は秀雄のものとなっていた。
あの時、最後まで生き続けようとした秀雄に…。
みどりは目を瞑り、意識の中で秀雄を追いかけた。
すぐに追いついたみどりは秀雄の体を支えた。
今日の秀雄はみどりの方を向き、優しく微笑んだ。

みどりは目を開け、再び静寂の中に身を置いた。
先ほどの初老の男の背中が並木道の彼方に小さく見えた。

日曜日に秀雄の一周忌を教会で執り行った。
加代子も元気な姿を見せ、3Gの卒業生達も元気な姿をわざわざ遠くまで見せに来てくれた。1年で彼らはすっかり大人っぽくなっていた。この一年、学び、恋をし、遊び、悩んできたのであろう。
その中でも吉田均が志望校合格を秀雄に報告してくれたことを殊更嬉しく思った。

― 秀雄さんも喜んでいるだろう…。 ―



初春の夕陽がみどりを包む頃、みどりは腕時計に目を落とした。
文字盤の中の日付は16日を示していた。
長針と短針もあの時と同じ時刻を指し示していた。

あっという間の一年だった。
教会でたくさん話しかけていたので、もういいかな?と最初は思っていたが、先ほどの秀雄の微笑みがみどりを誘った。

みどりはベンチを立ち上がった。
もう少し寄り道して帰ろう。あの約束の大きな木に…。

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