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うるずんの季節に [書斎の本棚]

二次小説です。



ドラマ「僕の生きる道」と映画「深呼吸の必要」の世界を一緒にしました。




うるずんの季節に

秀雄が旅立ってから一年が経った。
3月の週末を利用し秀雄の生まれ故郷の教会・・・秀雄とみどりが結婚式を挙げた教会で一回忌を執り行った。

学校は春休みに入り、教師達は新学期の準備を進める。
みどり達は一年生の受け持ちがそのままスライドして二年生を受け持つ。
一年生から二年生に上がる際にクラス替えがあるが、他の学年の受け持ちより忙しくはなかった。
秀雄の死後、しばらく心神喪失な状態があったが一年経ち、みどりは今ではすっかり心落ちつけていた。

みどりは有給休暇を取った。三月も終盤だった。
関東では桜の開花がカウントダウンされ始めたが、上着を脱ぎ捨てるのには早かった。

みどりはカバンに夏物のシャツと長袖のシャツを入れてアパートを出た。

飛行機と船を乗り継いで懐かしい港に到着した。
当時と何一つ変わっておらず、時刻表の板一枚の立て札があるだけだった。





*********************************

みどりは大学3年から4年に上がる春、援農のアルバイトでこの島を一度訪れていた。
母親を亡くした後、精神的にまいった時期があったが、父親の隆行はそれまで以上に優しかった。
就職に関しても、当たり前のように父の学園で教鞭を取ることが決まっていた。
だが、それでいいのだろうか?
みどりは悩んだ。確かに幼い頃から教師になることが目標だった。
でも、周囲の力により自分が動かされている気がしたのだ。

みどりは自分の力で何かをしてみたいと思った。
もっと強くなるんだと、考えた。
偶然ネットで見つけたサトウキビの収穫を手伝うアルバイトは現実から逃げる意味でも打ってつけだった。

年齢もバラバラな男女が6人集まり、平良家のキビ刈りを手伝った。
だが、自分の甘さを痛感した。
農業に対して、自然に対しても、人に対しても、自分に対しても。
そんなことを感じていたのは自分だけではなかったようだ。

平良家の近所にかつて住んでいて、今では川崎で看護師をしている女の子も加わり、キビ刈り隊は7人になった。

それなりにみんな頑張ったが、見渡すことが出来ないキビ畑。約束の期限までにキビを納入することなど不可能に思えた。

自分と同じように何かを抱えたキビ刈り隊に様々なアクシデントが襲ってきた。
7人はいつの間にか逃げようとしなくなっていた。

島を離れる日、平良家の前で記念撮影をした。
おじいとおばあ、真っ黒に日焼けした7人の笑顔は今でも平良家の居間に歴代キビ刈り隊の写真と一緒に無造作に飾られているはずだ。

そして、みどりは改めて父の学園で教師になることを決めた。

**********************************







午後の船は朝出かけた島民を再び竹富島に送り返した。
彼らは次々と迎えの車に乗り込んであっという間に消えていった。
そんな港にみどりは立っていた。それ以外に軽トラックとその前に立つ20歳位の日焼けした青年だけだった。

彼はみどりの顔を見て確信したように近づいてきた。

「中村さんですか?」
「はい。」
「平良さんの所で働いている者です。鈴木といいます。」
「はじめまして、中村みどりです。わざわざ、迎えに来てもらってありがとうございます。」

鈴木はみどりを軽トラックに促した。あのポンコツはまだまだ現役だ。
みどりはバッグを荷台に置き、助手席に座った。荷台の上にあがりたかったがそれはやめた。



うなり声と小刻みな振動を出しながらトラックは畑の方へ向かう。

「きびかりが忙しいのに、手を休めて迎えに来てもらって申し訳ありません。」
「大丈夫です。なんとか納期に間に合う目処が立ちました。」
「そう、それはよかった。」
「今朝、おじいに誰か港まで迎えに行ってくれ、この人が来るから・・・そう言って写真を指差したんです。すごく可愛い人だから男4人誰が行くか争いました。おかげで女の子達はすっかりおかんむりです。」
「鈴木くん、でもがっかりしたんじゃない来たのがこんなオバサンで」
「いえいえ、正直びっくりしてるんです。すごくきれいな人で。」
「ありがとう。お世辞でもうれしいわ。」
「お世辞じゃありません。」

鈴木は少し顔を赤らめて前を見て運転していた。
もっとも、鈴木はこの島に来るまではそんな気の利いた事が言える性分では無かった。
一ヵ月に及ぶキビ刈りが彼を成長させた。
みどりは鈴木の顔やハンドルを操作する腕がたくましく日焼けしているのを見て、それを感じていた。


坂を登ると畑が見えてきた。
広大な畑のほとんどが刈り取られ、奥の方の一部にキビが生えているのが見えた。
みどりの目で見ても月内の刈り取りは問題無いと思えた。


そんなキビの前にビニールシートが敷かれ、みんな休憩していた。
みどりは鈴木に礼を言い、彼より先に軽トラを降りた。

そういえば自分がキビ刈り隊の時も美咲さんが休憩中に現われた。
みどりは靴底にきびの根元が当たる感触を懐かしみながら彼らに近寄った。

「おじぃ。おばぁ。」

ビニールシートから小柄なおじいとコロコロしたおばぁが立ち上がった。

「みどりちゃん。」

少し歳をとったなと思ったが、おじいもおばあも元気そうだった。
みどりは事前に訪ねることを手紙で連絡していた。
おじいから楽しみに待ってますというシンプルな返事も貰っていた。

だから、そんなに驚かないはずだが、とても懐かしそうに迎えてくれた。
6年前の記憶がすーっと蘇る。

「遠いところよく来てくれたね。」
「おじい、一番忙しい時に本当に申し訳ありません。」
「なんくるないさぁ」

久しぶりに聞いたおじいのこの言葉はみどりの心に染み入った。

「そうよ、みどりちゃん。こうやって、またここに来てくれてありがとね」
「おばあも元気そうで何より。」
「うん。とっても元気さぁ。」

そんなみどりとおじい、おばあの様子を見ていたキビ刈り隊に迎えに来てくれた鈴木が加わり、七人勢揃いした。
みんなみどりより若いようだ。
男4人に女3人、みんな真っ黒に日焼けをしていた。

「はじめまして、中村みどりです。」
「こんにちは」

間もなくキビを刈り終える彼らは快活に挨拶をしていった。
たぶん彼らは何かを抱えていたかもしれず、ここで何かを乗り越えたのかもしれない。
とても仲が良さそうに見えるがこれまでに色々悶着があったかもしれない。
だが、そんなことは気に掛けない。
今の皆の充実した顔を見てみどりは羨ましく思った。
私もあの時、あんな笑顔をしていただろうか?


みどりは女の子3人に囲まれて質問攻めにあっていた。
平良家の居間の写真を見てみどりの来訪を楽しみにしていた男共は手を出せずにこまねいていた。

おばあがタッパを持ってみどりに近寄った。
紅芋のてんぷら。キビ刈り隊の最高のおやつだった。

足元にキビ刈り用の鎌と斧がある。

「ちょっと借りますね。」

みどりはそれを拾い上げる。バッグから長袖の上着を出して羽織った。
果たして体はキビ刈りのコツを覚えているだろうか?
無秩序に伸びるキビを一本つかまえ鎌の先の割れた部分で葉を削ぎ落とす。
茎が若々しい色を出して剥き出しになる。
スナップを利かせショウトウブを切り落とし鎌を斧に持ちかえる。
誤って自分の足を切らないようにキビの根に斜めに振り下ろす。

それらの作業が、スムースに出来た。
一ヵ月刈り続けた現役キビ刈り隊には到底叶わないが、彼らは六年ぶりに鎌を握るのに鮮やかに刈るみどりの姿に驚いていた。

女の子はみどりに駆け寄り声をかける。
おじいは、うんうん頷いていた。


そのまま午後の後半の作業が始まった。みどりはそのまま、つくろいを中心に手伝った。




懐かしい平良家に帰る。
あの時のまま。それが嬉しかった。

女の子達とお風呂に入る。上がるとすぐに台所に向い、晩御飯の準備をしているおばあの手伝いをする。
ラフテーやティビチなど見ているだけで嬉しくなった。

男の子たちも風呂から上がり、晩御飯が始まった。
ビールが喉にしみ、泡盛も美味しい。
おばあの作る料理はどれも美味しく、もりもり食べる若者に混じり、みどりも箸が進んだ。





「みどりさん、いつまでここに居るの?」

すっかり打ち解けて、みどりはもう名前で呼ばれていた。

「新学期が始まるから、明後日の朝の船で帰るの。」
「えー。じゃあ、最後まで一緒に居られないんですね。」
「でも、私たちのときと違ってみんなきび刈り上手だから納期間に合うわよね。」
「はい。ちょっと聞いたんですけど、きび刈り最終日に平良家伝統のイベントがあるみたいなんです。ビーチフラッグみたいなちょっとした競争が・・・。」
「知っているわよ。私は私たちの年の優勝者なのよ。」
「え?そうなんですか!」

みどりを中心に話は盛り上がる。
男の子たちもこの頃には遠慮なく話しに加わっていた。

「でも、今年のキビ刈り隊は全員初めての人達ばかりよね?その事誰に聞いたの?」
「たまに様子を見に来てくれる援農ネットワークの方です。」
「そう・・・。」


そろそろ、みんな時間だった。
布団を敷いたり、歯を磨いたり準備が始まる。

みどりは居間に貼ってある歴代きび刈り隊の写真を眺めていた。
6年前の自分は写真の中で満面の笑みを浮かべていた。
池永さんに、悦子さん。美咲さんに、西本君。加奈子ちゃんに豊さん。
みんな真っ黒になって笑っていた。

次の年のキビ刈り隊にもその次の年のキビ刈り隊にも豊さんはいた。
でもそれ以降の年のキビ刈り隊の写真には豊さんはいなかった。
いつまでも豊さんには平良家のキビ刈り隊に居て欲しかったのだが・・・。












目覚ましのベルが容赦なく鳴る。
みんなはサッとベルを停めて布団を跳ね上げる。
みどりもそれに続こうと体を起こそうとするが、背中が悲鳴を上げた。
たった3時間のきび刈りだったが久しぶりのきび刈りはみどりの体を痛めつけた。
頬を引き攣らせながらどうにか起き上がった。

「みどりさん、おはようございます。」
「おはよう。」


「開けるよ。」

隣から声が掛かる。

「いいよ。」

男女を仕切っていたカーテンが開け放たれる。

「おはよう。」
「おはよう。」
「みどりさん、おはようございます。」
「おはようございます。」

彼らは布団を上げて、洗面用具を持って庭に出て行った。
みどりも負けてはいられない。
今日一日しかないが、居候は多少なりともお手伝いをしなくてはならない。




軽トラックの荷台で揺られながら畑に到着した。
おじいの指示で雨合羽も持ってきていた。

おじいの読みは的中して10時過ぎには合羽刈りになった。
横浜では滅多にお目にかからない大粒の雨が合羽の上からみどりの体を打ちつけた。
何もかも懐かしい。


だがそんな感傷も雨脚が強くなるに従って苦痛に変わってきた。

「おーい、今日はもう上がろう!」
「はーい。」

みんな道具を持って軽トラックに乗り込んだ。
今日一日しかなかったのでみどりは残念に思ったが、これが自然なのだ。
筋肉痛の背中のこともあり、すんなり納得した。




昼には平良家に戻った。
おばあは予期していたようで、お風呂が沸かしてあり、お弁当ではなく昼食の用意がされていた。


今日の午後はお休みとなった。キビ刈り隊にとっては一週間ぶりの休暇だそうだ。
雨なので外に遊びに出ることは出来ない。みんな部屋で思い思い過ごしていた。
みどりはおじいとおばあの部屋で話をしていた。


みどりはきび刈りでこの島に来て以来、おじいとおばあに年賀状は欠かしていなかった。
去年の正月には秋本ではなく、中村みどりとして初めて賀状を送った。
そして、その年の秋には翌年の年賀の欠礼を伝えていた。
おじいとおばあは随分と驚いただろうし、心配を掛けた。

だが、この件に関しておじいとおばあは昨日から触れようとしていなかった。
平良家のルールは生きていた。

― 話したいことは話さなくてもいい ―

雨が家を打つ音が響く中、みどりは自らゆっくりとこれまでのことを二人に話した。
おじいはずっと黙ったままで、おばあは目元を少し拭った。






みどりは居間に戻ると、若いキビ刈り隊に囲まれた。
みどりの時のキビ刈り隊の話を聞きたがっていた。

「話すと長くなるわよ。いろんな事があったから。」
「聞かせて、聞かせて。」

雨は降り続き、暇を持て余す彼らは、みどりの話に興味津々だった。
優秀な今年のキビ刈り隊から見れば、みどりの年のキビ刈り隊は波乱万丈のようだ。






夕方、みどりは台所でおばあの手伝いをしていた。

「おう、遅かったな。」

おじいが誰かに声を掛けた。

「うん、きび刈りが遅れているところを廻って話しを聞いてきたから。」

― あれ? どこかで聞いたことがある… ―

「みどりさん、ちょっとこっち来て」

おじいが呼んでいる。
みどりは台所から居間に行った。
みどりは驚いた。

「豊さん!」
「よっ!」
「どうして?!」

豊はニコニコしているだけだった。

「みどりさん、豊君はこの島の援農センターで働いているのさ。」
「え!?」
「そっ。」

豊は当たり前のように台所に行き、オリオンビールとグラスを持ってきた。
ビールをグラスに注ぎおじいに渡す。もう一杯注ぐとみどりに飲むか?という仕草で差し出したがみどりは首を振った。
豊はそれをおいしそうに一気に飲み干した。


夕食は豊も加わり大所帯だった。
でも、おじいもおばあも嬉しそうだった。

キビ刈り隊のみんなも援農センターの「おじさん」がみどりと平良家で同じ年にきび刈りをしていたことを知り、驚き喜んだ。みどりに聞いた、きび刈り最終日の競争のことが皆印象に残っていた。



食事が終わり、みどりは豊とゆっくり話をした。
豊はみどり達ときび刈りをしてから2年の間に、いつも廻っていた全国の農家に説明して、近い将来にはお手伝い出来ないことを説明した。
その代わり、各農家で若い連中に厳しく、そして思いやりを持って指導した。後身が出来て安心して去ることが出来た。

2年後に豊は住民票を竹富島に移した。
豊もあのきび刈りの年以来戦ってきたのだ。

でも、豊はそんな奮戦ぶりは表に出さず、すっかり島の住民のように朗らかでいた。
うるさい先輩の雰囲気だった豊さんは、頼れる青年、面白いおっさんになっていた。


「ねえ、あれから誰かに会った?」
「いや、誰にも会ってないよ。みどりちゃんが初めてだ。」
「私も・・・。みんな元気かな?」
「おー、間違いないよ。絶対元気にやってるよ。そりゃ、楽なことばかりじゃないけどあれだけ厳しいきび刈りを経験した連中だ、頑張ってるよ。でも・・・もしかしてちょっと疲れたら、この島に戻ってくるかもしれないけど。」
「うん。・・・あのね・・・。」
「おじいから聞いた。大変だったね。」
「うん。」
「でも、後悔してないだろ。大切な時間だったんだろ。」
「うん。」
「そっかぁ・・・。」

豊はそれ以上何も言わず、泡盛のロックを一口飲んだ。
この島はいい。仲間はいい。言葉は少ないけど、あったかい。

豊さんは明日も朝から仕事だった。一番忙しい時期。
ここでお別れをした。また会えると思った。



翌日は雨も上がり朝からとてもいい天気だった。
3月も残り三日。キビは早ければ今日にも、遅くとも明日には刈り取れるだろう。
そして、平良家伝統の競争が行われる。
昨日休んだ分、張り切っているこのキビ刈り隊の中で誰が勝つのだろうか?
おばあの作った朝食をもりもり食べる姿を見ていると、誰にも憂いは無い様だ。
みんな、素敵な思い出をこの島に残し、それぞれの生活に戻ることが出来るだろう。




朝の高速船に間に合うように、きび刈りに向う前に港に寄ってくれることとなった。
おばあとは平良家の前でお別れだった。

「みどりさん。又、遊びに来なさい。」
「はい。」
「あ、これ食べて。」

新聞紙に包まれた物を手渡された。
みどりにはそれが何かすぐに分かった。
アルミホイルに包まれたおにぎりだろう。中身は油味噌・・・。

「ありがとう、おばあ。」

みどりはおばあに抱きついた。

「みどりちゃん。しっかりね。」
「うん。」


おばあは見えなくなるまで家の前で手を振ってくれた。
みどりは軽トラックの荷台でそれに答えて手を振る。
立ち上がりいつまでも・・・いつまでも・・・。
危ないから、きび刈り隊の女の子が足や腰を支えてくれた。



港に着くと高速船はすでに到着していて、沢山の荷物が降ろされている途中だった。
出港までにまだ少し時間はあった。
だが、きび刈りがある。すぐにお別れだった。

「おじい。ありがとう。」
「みどりちゃん。しっかりな。」
「はい。」

みどりは明るく答えた。
運転席と荷台にいるキビ刈り隊にも声をかける。

「みんな、しっかりね。短い間だったけどありがとう。」
「さようなら。」

おじいが助手席に乗り込むと、軽トラックはクラクションを一回鳴らして港を出て行った。

「ありがとう!」

みどりは大きく手を振った。



出港の時間になり、みどりは船に乗り込んだ。
乗客のほとんどが島の人間だった。

みどりは一人、船室外にいた。
3月終わりの太陽は信じられないくらい強く、眩しかった。
船は穏やかな海を掻き分け白い波を生み出していた。

秀雄の死後、みどりは駆け続けて来た。
みどりは忘れていた。久しぶりにやってみよう。

船の最後尾で離れつつある竹富島のキビ畑の方を向く。
空を見上げ、両手を真っ直ぐ上に上げる。
大きく息を吸うと、胸の中にうるずんの季節の空気がいっぱい入ってきた。
もうこれ以上入らないと思ったら、替わりにもやもやとした気持ちを吐き出す。


なんくるないさ

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