Silver Wedding Anniversary

二次小説です。


ラジオドラマ「もう一つの僕の生きる道　ＯＮＬＹ　ＯＮＥ」を元に書いた「武志と香奈の物語（１）～（４）」のその後の作品となります。



Silver Wedding Anniversary　
「では、院長。夏休みを戴きます。」
「はい、神林先生。ゆっくりしてくださいね。」
「自宅にいますから、何かあったら電話して下さい。」
「大丈夫。何にも無いよ…。でも、体調も良いみたいだね。」
「はい、お陰様で…。正直、ああこれで香奈のそばにいけるのかなと思いましたけど、彼女が許してくれないみたいです。」
「そうだね…。」

今年の初め、武志に病魔が襲い掛かった。
手術は大掛かりな物となったが、経過は良好だった。

二人は窓から見える海を見ていた。ホスピス病棟を残暑厳しい太陽が照らしていた。
あの年の夏から秋へ変わる日々を思い出していた。





武志は院長室を出ると隣の自室に入った。
白衣を脱ぎ、私服に着替える。
やり残しの仕事は一切なく、机の上は綺麗だった。

武志は鞄を手にして、自室を出た。




武志は執務室に顔を出し、医師や看護士に休暇の挨拶をする為に立ち寄った。

「皆さん、一週間お休みを頂きます。その間、宜しくお願いします。」
「はい、副院長。ゆっくり休んでください。」

武志が執務室を出て行った。
残った若い医師が先輩医師に話しかけた。

「ねえ、先輩。副院長、何故暑い8月に夏休みを取らずに今頃休みを取るんですかね。」
「さあ、でも旅行に行くならちょっと時期をずらした方が安くなるからなぁ。」

この病院の殆どのスタッフは神林副院長がかつてホスピス病棟で過ごした日々を知らなかった。
勿論、入院患者は知るよしも無い。

「さあ、先生方。回診があるんじゃないですか？」
「あ、木村さん。はい、行ってきます。」

自分より若い医師の話を聞いていた看護士長が口を挟んだ。
木村は院長以外で武志と香奈のことを唯一知る人間だった。






「神林先生、休暇ですか？」
「はい、山口さん。ちょっと遅めの夏休みを頂きます。」

職員出入り口に向う途中、武志は入院患者の山口に声を掛けられた。

「立派な先生がいっぱいいるから安心して休んでください。」
「ありがとうございます。」
「しかし、神林先生…若々しいですね。」

山口は武志の格好を見て言った。

「そうですか？お気に入りのニットなんですよ。」
「お似合いですよ。」
「ありがとうございます。では、失礼致します。」

山口と別れ、武志は駐車場へと向う。
運転席に腰を落ち着けると、私用の携帯電話にスイッチを入れる。
今、褒められたサマーニット同様に年季の入った携帯電話だった。
バックライトが入り、薄くはなったが液晶に画面が現れる。
武志は車のキーを回し、走らせた。




海沿いの道を走る。以前は市の中心部を少し離れたら高い建物は無くなり、自然が作り出したものしか見えなかったのだが、今ではすっかり宅地化が進み、スーパーやコンビニなどの商業施設も集まってきた。

大きなカーブを曲がる。
香奈と来た時は丘陵部分一面に花が咲き乱れていたのだが、今では同じようなデザインの分譲住宅が整然と並んでいた。

その家並みを縫うようにして武志は車を走らせた。
家と家の間から、携帯電話の待ち受け画面に映っているのと同じ木が見えてきた。

見渡す限り広がる花畑は無くなったが、その木はあの時と同じように立っていた。
一軒家の広い庭にその木は立っていた。庭の中の花壇には鮮やかな色の花達が咲いていた。


武志は車を降りて、その家に近づいた。
庭の駐車スペースの扉を開けて、車を納めた。

この土地が分譲された時に武志はすぐに交渉し、この木が倒される前にこの土地を買っていた。

武志は荷物を家に置くと、すぐに庭に出てきた。
軒先に拵えた木製のベンチに腰を掛けた。

「武志、お疲れ様。やっと夏休みだね。」
「うん。庭の花の手入れも暫らく出来なかったから、ゆっくりしていくよ。香奈、どうすればいいか教えてくれよ。」
「ふふふ。毎年、ちゃんとお手入れ出来ているわよ。今の武志ならお花屋さんも開けるわよ。」
「どうだか…。」

武志はベンチの隣、すぐ横に香奈を感じていた。

「香奈、また君のところへ行き損ねたよ。」
「神様がまだ早いって言っているのよ。」
「神様じゃなくて、君がだろ。」
「病院のみんなが武志の事を必要としているのよ。」
「そうかな…。じゃあ香奈、寂しいかもしれないけどもうちょっと待っていてくれ。」
「はい。その代わり、お休みの間は仲良くしてね。」
「分かりました。」
「武志。そのニット似合っているわよ。」
「香奈もそのサマーセーター素敵だね。」
「毎年、同じこと言ってない？」
「そうかい。」
「ふふふ。」
「ははは！」