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みどり・・・私も信じるわ [書斎の本棚]

二次小説です。





みどり・・・私も信じるわ
今年の梅雨はなかなか明けてくれなかなった。
少しずつ食欲が減り、体力が落ちてきた秀雄の身体にとっては猛暑よりいいのかもしれない。
でも、その秀雄本人も思っていた・・・

― 夏はやっぱり暑い方がいい。 ―

おそらく、今年の夏が最後の夏になるであろう。なら、やはり夏らしさを感じたかった。






台所で食器を洗っていたみどりも夏の日差しを考えていた。

― あの年の夏の日はとても暑かった・・・。―

洗い物を終えたみどりはリビングに来て、秀雄の横、ソファーに座った。
秀雄は入れ代わりに立ち上がり、コーヒーを煎れた。

「はい、どうぞ。」
「中村先生、ありがとうございます。」

みどりは差し出された秀雄とお揃いのマグカップを受け取り、秀雄もソファーに腰掛けた。

「いただきます」

と言ってみどりは一口コーヒーを飲んだ。

「あの日は朝から暑い日でした。父は学校に私は友達と約束があり、一緒に家を出ました。母は気温が上がる前に庭の草木に水を撒いてました。私達に『いってらっしゃい』と声をかけてくれました。」

みどりは秀雄の顔を一度見て話を続けた。

「携帯電話で連絡を受けて急いで病院に駆け付けました。受付で部屋を聞き、急いで部屋に入ると父が母の横で座っていました。私に気が付くと立ち上がり肩に手を回してくれて母のそばまで付き添ってくれました。あまりにも、突然の事で私も父も母へのお別れの挨拶は心の中で伝えるしかありませんでした。病室の窓の外で蝉が鳴く声だけが響いてました。」

秀雄はその晩、みどりの母親の話をずっと聞いた。
ちょっと湿気はあるが、それ程暑くない夜が更けていった。







朝が来た。

寝室の窓とカーテン越しでも今日の日差しは昨日とは勢いが違うのが分かった。
簡単に朝食を済ませて、秀雄とみどりは家を出た。


電車に乗り、一度乗り換えをした。
身体の事を考え二人は弱冷房車に乗ったが今日の暑さには控えめの冷房はまったく効果が無い様で、弱冷房車と知らずに乗った客が忙しくハンカチで汗を拭っていた。




しばらくして電車は目的の駅に到着した。

改札を抜けると隆行が待っていた。
隆行は自宅から直接一人で来ていた。

「お父さん、お待たせぇ。」
「お待たせしました。」

みどりと秀雄は隆行に声をかけた。
にこにこしながら隆行はうなずいた。
隆行はみどりの母親が好きだった花を花束にして抱えていた。



三人は歩きだした。
隆行を先頭に、道を知らない秀雄はみどりと並んで隆行について行った。
緩やかな坂道を登っていく。

すれ違う人はいなかった。


小高い丘の開けた部分に霊園があり、みどりの母はそこで眠っていた。
新盆と旧盆の狭間で小さな霊園には三人以外誰もいなかった。
でも、新しい花が手向けられている墓も見受けられる。

みどりが墓参りに来るのは、家を飛び出して秀雄のアパートで生活を始める直前、ちょっと早めに彼岸参りに来て以来だった。
秀雄は初めての墓参りだった。



隆行が慣れた手つきで墓石を洗う。
雑草はまったく見当たらない。隆行がこまめに来ている証拠だろう。


お茶とお菓子を供えて、線香に火をつける。

「お母さん。おそくなってごめんね。私の旦那さん。中村先生よ。」

横でそれを聞きながら秀雄と隆行も手を合わせていた。

秀雄は自分も父を早くに亡くしていた。
みどりの「あの時は、本当につらかったな。できることなら、もう二度と大切な人を失いたくありません。」という言葉を思い出していた。

複雑な思いだった。
田舎の母は、夫だけでなく息子も見送らなくてはならない。
秀雄は頭の中で昨晩みどりから聞いたことや田舎の母のことが錯綜した。
鋭い日差しが秀雄を焼き続けた。

「お母さん。私、幸せよ。お父さんとお母さんの娘に生まれてきて。そして、中村先生と巡り逢えて。」

その言葉に秀雄の気持ちがすーって楽になった。

秀雄はみどりの母に話し掛け始めた。

もうすぐ梅雨が明けるだろう。

最後の夏がやってくる。

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