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鼓舞 [書斎の本棚]

二次小説です。






鼓舞

「よかった・・・」

敬明会病院を出て、駅のほうへ歩き出した。

「はい」

秀雄に付き添う、みどりが答えた。
金田の診察を受け、入院も勧められたが、ふたりは今までどおりの生活を選択した。
金田はそれを認めてくれた。

昨年、金田から余命一年を宣告されてから一年が経過した。
28年より長く、でもあっという間の1年だった。

緩やかな坂道を二人は下る。
秀雄の歩調に合わせてみどりも並んで歩いた。
秀雄が疲れたら、秀雄の身体を支えた。


駅のそばまで来て、店が立ち並ぶ中を二人は歩いた。

秀雄は余命一年という宣告を打破して、次は合唱の本戦の舞台に立つ事を、卒業する生徒達を送り出したい。こう思っていた。
でも秀雄自身、感じていた。これからの毎日はある意味勝負の一日一日だった。


秀雄の目に楽器店が映った。
秀雄は歩きながら考えていた。
自分を奮い立たせる為に・・・。

そう考えている内に、店の前に来た。その時・・・

「中村せ、・・・秀雄さん」

みどりが秀雄に添えていた手を引き寄せ、足を止めた。

「はい?」
「ちょっと、いいですか?」


みどりは楽器店の中に入っていった。
ピアノや電子オルガンの間を通り抜け、トランペットやフルートが入っているショーウインドウの前を通り、店の一番奥に行く。
みどりは店員に尋ねた。

「タクト、置いてますか?」

秀雄は驚いた。みどりは同じ事を考えていた。

「はい。こちらです」

店員は直ぐそばの棚を指し示した。

「わぁ、秀雄さん、見てください。こんなに種類があるんですね」
「ほんとだ」

メイプルや竹、グラスファイバー、カーボンなど色々な素材で出来ている二人は初めて知った。

「秀雄さん、今度の本戦、指揮するときにタクトを使いましょう」
「はい、そうしましょう」
「どれがいいのかな?」
「どうぞ、手にとって感触をお確かめ下さい」

店員が助言をしてくれて、秀雄は見た目でも一番しっくりくるシンプルなタイプを手にしてみた。
見た目以上に軽く、手にぴったりした。

「これが、いいかな」
「はい。そうしましょう」

二人は附属している簡単なプラスチック製のケースではなく、専用のタクトケースを買ってそれに入れてもらった。

アパートの部屋の荷物も来るべき日に備えて、少しずつ整理を始めていた。
部屋から少しずつ、減っていく物ばかりだったが、久しぶりに新しく買ったものだ。
これは二人の決意であり、鼓舞するものだった。

でも、それを互いに話すことはなく、アパートへと帰っていく。
話さなくても、二人は相手の気持ちがわかる。
それが嬉しかった。

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