SSブログ

灯火 [書斎の本棚]

二次小説です。





灯火

生徒達はまさに入試本番を迎えていた。
毎日、クラスの中の誰かが受験会場にいた。

生徒達は口に出さなくても、心に期するものがあった。
自らのために、中村のために・・・。
そのことが、G組の生徒に、他のクラスにはないプレッシャーをもたらした。

だが、生徒達の殆どは力を出し切ることが出来た。
考えてみればG組の生徒にとって、あの時の模試から毎回が勝負だった。
合唱を続けるには毎回A判定を全員が取り続ける。
もし、自分一人がA判定を取れなければ、全員が合唱をすることが出来なくなる。
生徒達はそのプレッシャーに打ち勝ち、強くなっていた。

授業もない学校に生徒達は手応えを報告にきた。
合否発表はまだ先だが、生徒達の表情に秀雄は少し緊張を解いた。

だが、まだ第一志望を狙う生徒達はいる。
国立を受験する者、志望校ひとつで受験するものもいた。




主治医の金田に入院を勧められるほど秀雄の体力は限界に近づいていた。
秀雄とみどりはその日、済ませるべき事を終えたら早く帰宅するようにしていた。
それは教頭の古田の指示でもあり、同僚のみなの願いでもあった。
仲間の暖かい目に包まれながら秀雄は教師を続けている。
帰りの電車で座れることは滅多にないが、早く学校を出れば帰宅ラッシュにもまれることなく帰ることが出来る。



この日、秀雄は赤坂から質問を受け、学校に残っていた。
みどりも秀雄に付添うべく、当然一緒に残っていた。

「みどり先生、お待たせしました」
「はい」
「帰りましょうか?」
「秀雄さ・・・中村先生」

まだ麗子も久保も残っていた。みどりは慌てて言い直した。

「はい、なんでしょう」
「今、帰るとちょうど電車が満員の頃合ですね、体に障りますから暖かいここで少し時間を調整しませんか」
「はい。そうしましょう」

秀雄とみどりは、帰宅のピークをやり過ごそうと、職員室で30分ほど時間をつぶした。
最近、帰るのが早いふたりと、麗子や久保はのんびり話す時間が少なくなったので、彼らも残っておしゃべりに付き合った。






「さて、そろそろ行きましょうか」

みどりが時計を見て立ち上がった。

「はい。では、麗子先生、久保先生、お先に失礼します」
「お疲れ様」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」

麗子と久保は二人を見送った。

「・・・中村先生・・・ううん、何でもない」

麗子は何かを言いかけながら、口をつぐんだ。
久保には麗子が何を言いたかったか、分っていた。
一日でも長く、少しでも長く、生きて欲しい。





運良く座れた秀雄とみどりは電車に揺られていた。
最寄り駅まであとふた駅というところで、ホームに電車は止まったままになった。
開けっ放しのドアから入る冷たい風が気になった。

『お客様にお伝えします。富士見駅の安全装置にトラブルが発生しました。只今、点検中で全線運行を停止しております。お客様方にはお急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしますが今しばらくお待ち下さい』

車内に車掌からアナウンスが流れてきた。

「あら、大変」
「すぐに動きますよ」


秀雄はそう思ったが、電車はなかなか運行再開をしなかった。
それどころか、アナウンスはバスによる振り替え輸送の実施を伝えた。

「もう少し、かかりそうですかね」
「電車を降りて、バスを待っていると運転再開って放送が入るんですよね」
「そうそう、待っているうちは動かないけど、痺れを切らして駅を出ると、動き出すんですよね」

二人はアクシデントに対して怒りもせず、笑っていた。

「秀雄さん、ごめんなさい。私が学校を出るのを遅らせたから・・・」
「みどりさん、何を言ってるんですか。故障です。仕方ないですよ。気にしないで下さい」
「はい」

その間も冷たい空気は入り続けた。
秀雄は窓から外を見た。ホームの屋根の上方も見上げてみた。

「みどりさん」
「はい」
「歩きませんか?」
「でも、秀雄さん、30分くらいかかりますよ」
「はい。でも今日はなんとなく歩きたい気分です」
「分りました」

二人は立ち上がり電車を降りた。
改札を抜けて、進行方向へ進む。
たった二駅しか離れていない駅だが、滅多に降りることもなく、新鮮だった。

みどりは秀雄の左側に立ち、腕を組んだ。
もし、よろめく素振りを見せたら、すかさず支えるつもりだ。

しかし、今日の秀雄は自分が言うとおり、気持ちよさげにしっかりと歩いていた。
線路から少し離れて、高台の道を歩いた。

「みどりさん、新婚旅行の時の星空も綺麗ですけど、今日の星空もきれいですよ」

秀雄の言葉に、みどりは夜空を見上げた。

「わぁ」

みどりは秀雄の歩調ばかり気にしていたので、頭上の星空に気がつかなかったのだ。
二人のアパート周辺は幹線道路が近くにあり、各棟の灯りもあって、空が明るかった。
一駅しか離れていないこの高台には住宅が少なかった。それに今日は冷え込んでいたので空気も澄んでいた。

「家からそんなに離れていないのに、こんなに星が見えるんですね」
「はい、僕もびっくりしました」

二人は、星空のシャワーを浴びながら、ゆっくりと歩いた。

高台の頂上を越すと秀雄のアパートや多くの住宅が見えてきた。
灯りの数だけ生活があり、団欒があった。
そしてその分、頭上の星の数は減っていた。

歩きながら、アパートや住宅の窓の星が瞬くのを見ていた。
一人住まいのサラリーマンが帰ったのか、明かりがついた。
早めに休むのか、明かりが消えた。
父親の帰宅を迎えたのか、一瞬玄関が明るく瞬き、そして消えた。

「みんな一生懸命、生きてるんですね」
「はい」

秀雄は何かを考えているとみどりは思った。
でも、何も聞かずに一緒に歩いた。


アパートまであと少しというところで電車に追い越された。

「あ!!」
「やっぱり」
「ふふふ」

二人は40分かけて歩きとおした。
暗いアパートの寒い部屋に入る。
でも、みどりの手で明かりが灯された。

そう、僕はまだ生きている。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

鼓舞ただいま ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。