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ただいま [書斎の本棚]

二次小説です。





ただいま
「ただいま」

アパートのドアの鍵を開け、手探りで部屋の電気のスイッチを探り当てて、それを点けた。
誰もいない部屋に向かって、声をかけたのだ。
少し前ならそんなことはしなかったであろう。

突然の余命宣告を受け、自殺も試みた。
でも、命をつないだ。
残りの人生を生き抜く決心をした。

いつもと同じように、鍵や財布などポケットの中身を取り出し、整然と並べた。
手を洗い、うがいもした。
風邪などひいてはいられない。


簡単な夕食を用意して、一人で食べた。
食後のコーヒーを飲みながら、一昨日のことを思い出していた。
もう一度、はっきりと自分の気持ちを伝えていた。
人生最後の恋は終わった。
ペアのマグカップは実現しそうもなかった。












「ただいま」

アパートの鍵を開け、明るい部屋の中に入った。
リビングも、台所も電気は点いていた。

「おかえりなさーい」

腕まくりをしたみどりが風呂場から出てきた。
風呂の用意をしていたようだ。

「時間、かかりましたね」
「金田先生の診察を受ける人、いっぱいいて、予約時間が過ぎてもなかなか呼ばれませんでした。どうやら、またおしゃべりが弾んだようです。畑中さんも苦笑いしていました」
「ちょうど、お風呂が沸きましたけど、先に入ります、それとも食事にします?」
「おなか減ったな」
「じゃあ、先にごはんにしましょう。もうすぐ、出来上がります」

部屋に入ったときから気が付いていたが、カレーの匂いが狭い室内に充満していた。
秀雄はテーブルを拭いて、ほんの少しだが手伝った。

二人仲良く食べる食事は楽しく、笑顔は絶えなかった。

食事を終えると、立ち上がり、

「みどり先生、コーヒー淹れますね」

と言った。

「あ、中村先生、私がします」
「いいですよ。僕に淹れさせて下さい」
「はい、じゃあ、お願いします」


お湯が沸く間にみどりは食器を洗った。
その横で、ペアのマグカップにコーヒーを注いだ。
あと一年と言われた余命も半分が過ぎていた。













「ただいま」

アパートのドアの鍵を開け、手探りで部屋の電気のスイッチを探り当てて、それを点けた。
誰もいない部屋に向かって、声をかけたのだ。

部屋には沢山の思い出が詰まっていた。


みどりはかばんを足元に置いた。
ジャケットをハンガーにかけて、手を洗った。

秀雄の死後も、みどりはこの部屋にいた。
今のところ、ここを離れるつもりはない。
縛られているわけではない。


食事は外で済ませてきたので、コーヒーを淹れて、ソファーに座った。
みどりはちょっと悩み、今日は秀雄が使っていたマグカップにコーヒーを注いでいた。

みどりは視線に気が付き、もう一度言った。

「秀雄さん、ただいま」

写真立ての秀雄はいつものように微笑んでいた。
みどりには、はっきりと聞こえていた。

「おかえりなさい。みどりさん」

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