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忘れぬ夢 [書斎の本棚]

二次小説です。






忘れぬ夢



「みどり先生、お疲れ様でした。」

先生方の拍手の中、一歩前に出てきた若い男性教師から大きな花束を貰った。
彼はみどりの教え子の一人だった。卒業後に陽輪学園に戻ってきた。
岡田も吉田均も大きく手を叩いている。正式に発表されていないが来年の春には吉田が教頭先生になるだろう。
彼なら大丈夫。みどりはその姿を学園の中で見ることは出来ないが安心していた。

隆行の死後、学校経営者として引きついたが教育の現場から離れることはせず常に最前線に立って生徒や後輩教師の指導にあたった。学校経営に関してはコンサルタントとも相談し、少子化の状況でも何とか経営は成り立っていた。

みどりはそのコンサルタントと別の相談もしていた。
みどりが学園を去る場合のことを・・・。
昨年の理事会でそれは承認された。みどりは教師として定年を迎える際、中村みどりは学園の経営から手を引く。
利益を生み出しにくい現状の学校経営でスポンサーは見つかりにくいかと思われた。
だが、コンサルタントが見つけたスポンサーは以外にも身近なところにあった。
文部科学省の官僚出身で今では起業して成功をおさめていた人物がいる。
そしてその人物の弟が陽輪学園で生物教師をしていた。
均の知らないところで話は進んだ。
話がまとまる最後のところでみどりから均に伝えられた。
戸惑う均であったがみどりの気持ちを聞き、素直に聞き入れた。
みどりはこの陽輪学園の変遷を見つめてきた均が良い意味で<兄>である経営陣にぶつかってくれると思った。
みどりも均の兄に会ったが学校教育に対する考えはとても強いと思った。弟に刺激されたのかもしれない。





花束を抱えたままみどりは港のそばの小さな喫茶店のドアを開けた。
ガラスには 『本日は貸切となってます。またのお越しをお待ちしております。』と貼り紙かされていた。
ちょび髭を蓄えた店主が迎えてくれた。

「よっ、お疲れさん。」

久保がエプロン姿で声を掛けてきた。
奥から麗子が出てくる。

「みどり先生、お疲れ様でしたぁ。早く座って、座って。」

麗子は横に幼い男の子を連れていた。
初孫の僕もしばらく見ないうちに随分大きくなった。
麗子にそっくりだった。麗子が窓際の奥の席にみどりを促す。

入り口のドアがまた開いた。
髪がすっかり真っ白になった赤井だった。

「みどり先生、早かったね。あ、長い間ご苦労様でした。」
「ありがとうございます。」

陽輪学園のみんなからのお別れ会は昨日行った。
今日は懐かしいみんなが慰労してくれる。

「久保先生、喫茶店のマスター板についてきましたね。」
「もともとこの商売才能あったのかもね。」


簡単ながら心づくしのみどりの慰労会が続いた。
途中、仕事が終わった岡田と吉田も合流した。
岡田も数ヵ月後には定年だった。その際にはまたこの連中で集まりたい。


「みどり先生、これからどうするの?」
「そうですね・・・今まで忙しかったから、ちょっとゆっくりしようかな。」

そういいながらみどりは何かを頭に描いていた。

「みどり先生・・・いや、みどりさん」

麗子がみどりの心を透かして見るようにみどりに声をかける。

「はい!?」
「何か企んでるでしょう。なんか顔が夢見る少女みたいになってるわよ。」
「え・・・」
「私には分かるのよ。」

相変わらず麗子の洞察力は鋭かった。
みどりは隆行の残してくれた家を処分し、秀雄と暮らしたアパートの直ぐそばに住んでいた。
小さい家なのでグランドピアノは置けなかったがアップライト型のピアノがあった。

秀雄と語り合った子供の頃の夢・・・「ピアニスト」・・・秀雄さんに笑われるかな。
近所の子供たちにピアノを教えてあげようかな。そんなことをみどりは考えていた。
麗子は相変わらずみどりの方を見ている。他のみんなも見ている。
みどりは穏やかに笑っていた。

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