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缶コーヒーと本と思いと [書斎の本棚]

二次小説です。





缶コーヒーと本と思いと
「ちょっと行ってくるね。」
「はい、先生。」

畑中に一声掛けて、金田は入院病棟の方向へ向った。
人気の無い廊下を歩いていって、まず階段で一番上まで昇り静かに歩いて廻る。

消灯時間を過ぎた病棟は暗く、金田は物音を立てぬように慎重に歩いた。
それでも目と耳は何か異変を見逃したり、聞き逃したりしないようにしていた。


今一番気がかりな、中村秀雄の病室の前で足を止めた。
予断の許さない状況には変わらないが、ここ数日は落ち着いていた。
田舎から母親も出てきており、みどりと共に毎日付き添っていた。

加代子は早めにアパートに帰っていたが、みどりは見舞時間を過ぎてもしばらく居たようだった。
でも、中の様子を窺うとみどりもどうやら帰ったらしい。



全てのフロアーを歩き通して、一階に戻ってきた。
階段脇にある自動販売機でいつもの缶コーヒーを買った。

小銭入れをポケットに戻して、歩き出した金田は足を止めた。
振り向いて、今一度自動販売機の前に立つ。
ポケットから小銭入れを取り出すと、同じ缶コーヒーを買った。
静かな病棟に取り出し口で缶がぶつかる音が響いた。


左右の手に缶コーヒーを一本ずつ持ちながら、待合室方面に進む。
もし自分の勘が外れていたら、缶コーヒーの一本は看護士の畑中に渡そうと思っていた。

緊張した面持ちで廊下の角を曲がる。
勘は当たっていたのだが、必要最小限の灯りの下で彼女が醸し出す雰囲気はちょっと近寄りがたいものが感じられた。

金田はみどりに近寄っていく。

「よかったらどうぞ。自販機から、二本も出てきて、得、しちゃった。」

金田は適当ないい訳と共に左手に持っていた缶コーヒーを差し出した。
それを受け取ったみどりと一緒にコーヒーを飲んだ。
そして、金田はみどりから問いかけをもらうこととなる。

「先生 ・・・ 死ぬことって、終わることじゃないですよね」

金田はその問いを噛み締め、やっとの思いで答えた。

「そうだよ。」




アパートに帰るみどりと別れた金田は執務室に戻った。
金田は畑中に

「遅くなったね。」

とだけ言って席に着いた。
畑中はいつもなら手にしているはずの缶コーヒーが無いのに気がついた。
売り切れだったのか…一瞬そう思ったが、金田の様子がおかしかった。
ナースコールがあった様子もないが、何かあったのだろうか・・・。
畑中はそんな金田の背中を見て、しばらくそっとしておこうと部屋を離れた。



金田は先程の問いの事を考えていた。
そうだよという答えは間違っていないと思っている。
だが、医師として患者さんや介護されている身内の心情を考えると自分が発する言葉の重大性を今一度認識させられた思いだった。


一年ちょっと前にも同じようなことがあった。
その時、金田は缶コーヒーを飲んでいた。横に座る彼は一冊の本を携えていた。
窓から入り込む、月明かりだけが二人を照らしていた。
余命一年を宣告され、自殺を試みた中村秀雄は金田に問いかけてきた。

「 ・・・ 1年って、28年よりも長いですよね。」

彼の生きようとする覚悟が伝わってきた。

「そうだよ。」

金田はそう答えた。

そんなことを思い出していた。

問いに答えているが、金田は思っていた。
この夫妻に教えられているのは自分なのかもしれない…と。

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