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Our Dream Come True(1) [書斎の本棚]

二次小説です。


またもや、長い作品となりました。
分割して掲載していきます。

ドラマ「僕の生きる道」に登場した、歌手を夢見る生徒、杉田めぐみさん。杉田さん役を演じたのが綾瀬はるかさんでした。
綾瀬はるかさんが歌手デビューした時は思わず「杉田めぐみ」と重ねてしまいました。





Our Dream Come True(1)みんなの列から離れて、めぐみはひとり屋上に出た。
春のさわやかな晴天が広がっていた。
少しでも高い場所へと思いハシゴを昇った。
卒業証書が見やすいように高々と上げた。

「先生、卒業したよ。」

めぐみの夢を初めて応援してくれた人、恩師中村先生との思い出の場所にめぐみはいた。
めぐみの夢は、自分だけの夢では無くなっていた。
めぐみはここで再度決意を固めた。

― ぜったい歌手になる。 ―

先生の思い出をひとり振り返っていた。
クラスの中では誰よりも先生を見ていた自信はある。
何故か曳き付けられるものがあったから・・・。



しばし、中村先生とおしゃべりをしていると下から声がした。

「めぐみ~、先生来ちゃうよ。」

りなと萌だった。

「手伝って~。」

ジュースの買い出しに行った帰りらしく二人とも両手ポリ手提げ袋を持っていた。
ペットボトルを無理矢理詰め込んだらしく今にも破けてしまいそうだった。

めぐみははっとした。
そうだ、卒業式が終わった後から謝恩会をするんだった。
めぐみはりなや萌とともに三人で飲み物を買い出しに行く役割だった。

「ごめーん。」

めぐみは慌ててハシゴを降りた。
二人が持っている手提げを一つずつ受け取り、持った。



三人で螺旋階段を降りて教室へ向かう。
何度、この螺旋階段を昇り、降りた事だろう。

教室では男子が中心に机を長方形に並べていた。
女子は壁に紙で作った花を飾り付けた。

黒板には栞と愛華がチョークで文字を書いていた。

『 3G謝恩会  ありがとう、中村先生・みどり先生 』



守が三人が帰ってきたのを見つけて駆け寄った。
目ざとく、めぐみだけ手提げ袋を持っており、りなと萌は一つずつしか持っていないことに気がついた。

「あーあ、杉田だけ二つ持たされて・・・重たかっただろう。」

そう、言って守はめぐみが持っていた手提げを二つとも取り上げた。

「あ・・・違うの・・・」

めぐみは慌てて否定したがもう遅い。
めぐみは振り返り、りなと萌を見た。
ふたりとも苦笑いをしている。
めぐみは、ふたりのポリ袋を受け取ろうとしたが吉田均の手のほうが早かった。
均は机の上に乗せるとジュースやお茶を取出し並べた。
りなは守に聞こえるように

「あーあ、誰かさんと違って吉田は優しいな」

事情を知らない守は何故そのような事を言われなければならないのか不機嫌そうな顔をしていた。
めぐみは守にごめんねと謝っていた。
りなと萌はにやにや笑っている。
守には全く事情が飲み込めなかった。



その時、厨房着の上からジャンパーを羽織った男が教室に入ってきた。
肩幅以上の大きさで二段重ねになった箱を開けると、女子生徒を中心に思わずため息がこぼれた。

パーティ用のオードブルと言うにはこの料理は美しすぎた。
揚げ物とソーセージを並べただけの物とは違い、食器も食材もカラフルで芸術作品のようだった。


みんなが驚きの声をあげていると、続いて、別の調理人が入ってきた。
彼が運んできた大皿は蓋をきっちり閉めると蒸気がこもり、こうばしさが無くなるので、お皿を包む銀紙には無数の穴が開けられていた。

机に置かれると銀紙が取り払われた。
綺麗な焦げ目がついた焼き鳥だった。

運んできた店員によるとこの大皿があと三つあるとの事だった。
雅人と守が手伝うため、一緒に降りていった。



めぐみ達は、洋食と焼き鳥のコントラストに首を捻りながら適当な場所に配置した。
その皿の隙間に紙コップやポテトチップスのお菓子などを広げた。
お茶やジュースも均等に並べる。




雅人の声が聞こえる。

「こっちです」

その声と共に、さっきの焼鳥屋さん、守、雅人が入ってきて、最後にもう一人やってきた。
こんどの料理は見た瞬間に何なのか分かった。

そば屋だ。

固そうなプラスチックの大きなケースに小さめのせいろが何段にも重ねられていた。
横には什器とつゆが入っていると思われる金属製のポット。
それに薬味が入ったケースがある。

「今度はそば?」
「いったい誰の感覚?」

栞と愛華が言う。
めぐみはそばを机に重ねながら言った。

「みどり先生が料理だけは任せてだって・・・。全部、中村先生の好きな料理だって。」

みんなはそれを聞いて、それ以上何も言わなかった。

「うまそうじゃん。ちょっと味見を」

と守が手を伸ばすとりながその手をぴしゃりと叩いた。

「みどり先生が来てから!」
「はーい」

これで場がすっかり和んだ。
めぐみは守に感謝した。いつもG組を楽しくしてくれてきた。
意図的だったのかは分からないが・・・。



均がみどり先生を連れてきた。

料理自体はみどりが頼んだものだ。
ロールキャベツとヒレカツとテリーヌとネギマとそばが並んでいてもみどりは驚かなかった。

G組では、他のクラスよりひと足早く担任の中村先生とみどり先生とでお別れの会を行っていた。
それは合唱コンクールの仰げば尊しであり、秀雄の告別式でもあった。
だから、今日改めて言うことはなかった。


みどりの

「料理が暖かいうちに頂きましょう」

の声で会は始まった。


謝恩会といえばフライドポテトやフライドチキンが相場だったが、手掴みで食べた焼き鳥は子供たちにも旨いものだと分かった。

女子生徒達はカラフルな洋食に手を出す。

カンテラでは仕出しは初めてだったがみどりが事情を説明したら、オーナーシェフが快く応じてくれた。
並んだ料理を見てみると普段メニューに載っていない料理も用意してくれたようだ。

「すごく、おいしい」
「かわいい」

女子はもっぱらカンテラの料理に夢中だった。



酒が入れば締めは蕎麦。でも、飲まない連中には順番は関係なかった。
守はせいろを一つ取って、すすり始めた。




生徒達はみどりを取り囲み、話に花を咲かせた。
みんな、つい数日前に大切な人を亡くしたばかりには見えなかった。
もう、みんなさんざん泣いていた。
今日はみんなで笑っていようと思っていた。

話は秀雄の事にも及ぶ。
真夏の合唱の練習の事、誕生日のサプライズの事。
話しだしたら切りが無かった。



教室の後ろの扉が開いた。
麗子先生と久保先生だった。

「あなたたち、まだやってるの?」

と言って中に入ってきた。
麗子もだいぶショックを受けていたが、今日はいつもどおり明るかった。
でも、やっぱり卒業式では泣いちゃっていたが・・・。

久保も一緒だった。
穏やかな笑顔をしている。



他のクラスでは謝恩会はお開きになったようだ。
麗子は花束を抱えており、久保は何か記念のプレゼント、おそらくネクタイの大きさだろう、それを持っていた。

「あら、おいしそう。食べてもいい?」
「どうぞ」

生徒達が箸や紙皿を二人に渡した。
それを受け取った麗子先生と久保先生はまだまだ残っている料理に手を出した。

「さっきは揚げ物ばっかりだったから、あんまり食べていないのよねぇ~。ちょっとお腹がへっちゃった~。」

麗子は忙しく、洋食に手を伸ばした。



開いたままの扉の向こう、廊下に赤井先生と岡田先生が通りかかった。

「あ!大勢でやってますね。僕達もいいかな?」

赤井先生が教室に入ろうとした。

「えー、どうしようかな」

りなが言った。

「なんで麗子先生や久保先生はOKで僕達はダメなんだい?」

赤井が食って掛かる。

「だって、先生。今日はお世話になった先生方に感謝して遇す会ですよ」

守が言う。

「田中、そりゃないよ~」

赤井と岡田が拗ねているとみどりが声をかけた。

「赤井先生、岡田先生。どうぞ遠慮はなさらず、中に入ってください。」
「宜しいですか?」
「はい。勿論です。」

二人は教室に入ってきた。
生徒達もさっきはああ言ったが実際には歓迎していた。


先生達は皆、秀雄が残したG組を常に気にしていた。
そして彼が育てたG組を羨ましく思っていた。
だから示し合わせたようにG組に集まって来た。


教室の真ん中に先生を囲み、談笑している様子を見てめぐみは嬉しくなった。
ただ、そこには中村先生はいない・・・。
麗子先生、赤井先生、みどり先生、久保先生、岡田先生に教・・教頭先生までいた。
あれ?教頭先生いつの間に来ていたんだろう、すでに蕎麦を口に運んでいた。
赤井も焼き鳥を食べながら、

「これでビールでもあれば最高なんだけどな」

と恨めしそうに烏龍茶の入った紙コップを見つめた。

「先生、ビール買ってこようか」

と誰かが言ったが

「ダメだよ。酒を教室に持ち込むのは」

と慌てて古田が言った。



時間はどんどん経つが、なかなか謝恩会を終わらせようとしなかった。

みんな知っていた。
この教室を出た瞬間私たちは3Gの生徒から元3Gになってしまうことを・・・。




でも、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
雅人の音頭で先生方全員に

「ありがとうございました。」

と一礼した。

その後みんなで後片付けをした。
遠慮したが結局先生方も手伝ってくれた。

机がいつもの通りに並べられた。
10日も経てば、後輩達がこの教室で受験勉強をするのだ。
みんな丁寧に並べて、ゴミは一切残さなかった。



お別れの時が来た。

みんな帰り始めた。
雅人と萌が一緒に帰っていく。
愛華がみんなに電話ちょうだいねって言っている。
均が何か久保先生と話ながら歩いていった。

りなが赤井先生の背中を叩いて

「さよなら、先生」

と言って駆けていった。


気が付いたら、めぐみは一番最後まで残っていた。



卒業証書を握り締め誰もいない教室を見回した。
大切な一年を過ごした教室。多くの事を学んだ教室だった。
めぐみは扉に向かって歩きだした。

扉をスライドさせたときめぐみは視線を感じた。
急いで振り返っても教室には誰もいなかった。

めぐみは教壇に向かって頭を深々と下げた。
そして、扉を閉めた。

めぐみの高校生活が終わった。


四月から都内の音楽学校に通うめぐみは賃貸契約したアパートに引っ越しをしていた。
通う音楽学校へは電車一本で15分位で行ける。

父と弟がさっきから車と部屋を往復していた。
洗濯機や冷蔵庫、クーラーは予め部屋に備え付けられていた。

自宅から持ち込む荷物は少なく、引越しの業者は必要なかった。
自家用車のワンボックスカーで十分事足りた。



部屋にはめぐみと母がいた。
初めてひとり暮らしを始める娘のことが心配な母親は、さっきから話が途絶える事がない。

「めぐみ。学校なら家からでも通えるわよ。」
「お母さん、またその話。」
「だってお父さんだって歌手の勉強すること許してくれたんだから、家から通えばいいじゃない。」
「もう、決めたの。」
「昔からあなたは頑固だからね。でも・・・いつでも戻ってきていいのよ」
「ありがとう、お母さん」

ドアがガチャっと開いた。

「姉ちゃん、これで最後だよ」

弟が重そうな段ボールを運んできた。

「ありがとう、そこに置いて」

サッカーで鍛えた太ももが頼もしい弟は部屋の端っこに段ボールを置いた。
首から下げたスポーツタオルで汗を拭きながら、

「ねえ、姉ちゃん、そのみどり先生って新入生の担任になるのかなあ」
「あんたも、またその話?分からないわよ。でも、一年生を受け持つ可能性は高いわね。」
「楽しみだなぁ」
「おい、馬鹿なことを言っていないで手を洗ってこい。弁当を食べるぞ。」

管理人さんにお願いして車を停めさせてもらっためぐみの父親も部屋に入ってきた。

「お、待ってました。腹減ったー。」

それを聞いた母親も立ち上がる。

「めぐみ、お昼の準備をしましょ。お湯をわかして」
「うん。」

めぐみも部屋の片づけをやめて立ち上がった。



ヤカンに水を入れてガスコンロにかける。
めぐみはまだ整理が済まない部屋に座っている家族を見た。

大学に進まず、歌手になる説得には随分時間がかかったけど理解してくれた。
最後に父は言った。

「夢を追い掛けるなら簡単には諦めるな。最後まで遣り遂げなさい。」

こうして家族もめぐみが歌手になる応援団になった。
弟もこの春からすれ違いで陽輪学園に入学する。
姉の目でみたら少々お調子者に映るが、学校の成績は悪くないらしい。
小学校から続けていたサッカーも一日も部活を休んだ事が無いと言っていた。
めぐみは多分、自分らの学年の担任がそのまま弟達の学年の担任になると予想していた。
あの先生達なら弟をしっかり鍛えてくれるだろう。



部屋では早朝から母が作ってくれたお弁当を広げていた。
めぐみはお茶を煎れる。

そう言えば家族四人でお弁当を囲むのは何年ぶりだろう。
仕事の忙しい父に部活のサッカーに熱中していた弟。
そしてこれからはめぐみ自身は夢をつかむためがむしゃらに生きていく。

「めぐみ、早く座りなさい。食べましょう。」
「うん。」

めぐみは家族の輪に加わった。
今度四人揃って食事をするのは何時になるのだろうか・・・。
そんなことを考えていた。

母の握るおむすびはおいしかった。
いくら真似してもこんなにふんわり握る事が出来なかった。










4月になると音楽学校が始まる。
それまでにアルバイトを探す必要があった。

音楽学校に通う学費とアパート代は父が援助してくれた。
光熱費や食費、それに交通費と学校以外に受けるボイスレッスンの授業料をアルバイトで稼がなくてはならない。
経済的に自立すると言ったこともあり少しでも両親に負担をかけたくなかった。
啖呵を切った手前、意地もある。
だから学校とボイスレッスンを受けている時間以外はアルバイトを目一杯入れる必要があった。


平日は月水金がボイスレッスンの日だった。学校が終わって夕方から45分のレッスンだった。
既に受講の申し込みを済ませている。
だから平日は夕方から、土曜は昼から、日曜は朝からアルバイトが出来る。


めぐみは求人誌を買って条件の合うところを探した。
出来るだけ効率よく仕事をしたい。
自宅や学校、レッスン教室から近い場所を選びたい。
地域インデックスから探すと好都合な場所のコンビニが求人募集をしていた。
何軒か候補を見つけた。



めぐみは早速店を訪れてみた。
チェーン展開しているそのコンビニは駅から延びる裏通りにあった。
表通りに比べると開発は遅れ気味のようで道幅は狭かった。
この道幅ではバスは通れない。

客層は学生や通勤途中のサラリーマンやOLが中心だった。
入り口そばの窓ガラスにも求人募集のポスターが貼ってあった。


めぐみは店の中に入る。
店内唯一の客がレジで会計をしていた。
他に店員はいない。
めぐみは離れた場所で会計が終わるのを待った。

客が去るとめぐみは店員に声をかけた。

「あの・・・。」
「いらっしゃいませ。」
「いえ・・・、その~、アルバイトをしたいのですが・・・。」
「あ~、ちょっと待ってね。」

二十代前半の女性店員は奥の方のドアを開けて声をかけた。

「店長、アルバイト希望の方です。」

と声をかけた。

店のユニフォームを着た40代中盤と思われる、中肉中背の男があらわれた。
人の良さそうな男の印象だった。

「あなたがアルバイト希望の方ですね。」
「はい。」
「じゃあ、何点かお話が聞きたいので中に入ってください。」
「はい。」


店長の後についていき、店のストックヤードに回った。
その部屋は店長の執務スペースであり、売り上げ管理用のパソコン以外に椅子とテーブルもあった。

めぐみはそこに座るよう言われた。
めぐみを座らせると店長は奥のスペース、おそらく自宅部分に行き、お茶を煎れてきてくれた。

「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、形だけの面接だけど今から何点かお聞きしたいと思います。」
「はい。」
「まず、あなたが働きたい時間帯はいつですか?何曜日とか何時とか?」
「平日は専門学校があるので夕方から働きたいです。夜は12時迄でお願いします。土日はもう少し早い時間からでも大丈夫です。」
「他のバイトの方との調整で、毎週決まった曜日の休みとはいきませんがそれでも宜しいですか?」
「はい、構いません。」
「月にどれくらい働きたいと思っていますか?」
「平日だったら5、6時間、週末はもう少し働きたいです。最低でも月に100時間は働きたいです。」
「短期ではなくある程度の期間、働いてもらいたいんだけど、それはどうかな?」
「すぐにやめるつもりはありません。」
「はい、分かりました。」


店長は差し出された履歴書を見ながら、

「こんどから音楽学校に入るんですね」

と聞いてきた。

「はい。」

めぐみは答える。

「学校では何の勉強をするのかな?」
「歌の勉強をします。」
「そうですか。では勉強と仕事の両立を頑張ってください。」
「はい。」

面接は問題なかったようだ。
めぐみはホッとした。

「いつから働けますか?」
「すぐにでも働けますが、学校が始まったばかりの頃はペースが掴めないので、遅れてご迷惑をかけられません。余裕を持って、遅目の時間にして頂けたらと思います。」
「はい。分かりました。時間は調整できるようにしましょう。では、契約書に必要事項を記入してくれる。」

店長は契約書を出した。

「よく読んでから記入してね。」
「はい。」

店長はその間に棚のボックスからユニフォームを出したり、明日以降のアルバイトの勤務表を用意した。
めぐみは契約書を読んで氏名を記入した。
でも判子を押さなければならないことに気が付いた。

「あの、今日、印鑑を持ってきていないんですが・・・。」
「じゃあ、次に来るときに押して持ってきて下さい。本部に提出しないといけないんでね。」
「はい。」
「じゃあ、勤務時間を決めようか。明後日から来られる。」
「はい。」
「学校が始まる前だけど出来れば今後働く時間帯で仕事を覚えたほうがいいね。うーん・・・。」

店長は勤務表を見ながら、

「夕方の6時から10時までの4時間でどうかな。最初から飛ばしても慣れない仕事は大変だから。」
「はい。」

それ以降もスケジュールを相談して埋めていった。
学校の初日はバイトを休みにした。
それ以降は夜の8時からとして、様子を見て時間は変更しようと決めた。

店長からユニフォームが渡された。
上半身だけで私服の上から着て、前をボタンで止めるタイプで適当なサイズを3つ渡された。

「ちょっと店に行ってきます。5分位で戻りますから、サイズ合わせておいて下さい。」

上から羽織るだけの制服だから、別に退室する必要はないのかもしれないが、やはり袖を通してサイズをチェックするところを男の人に見られるのは嫌だった。
店に用事があると言ったのは店長の配慮だろう。
めぐみの店長に対する第一印象は良かった。




きっちり五分後に店長は戻ってきた。
めぐみは最初に袖を通した制服を目の前に置き、残りの二枚は重ねて横に置いた。

「それで大丈夫?」

店長はめぐみの前の制服を見ながら聞いてきた。
めぐみは

「はい」

と頷く。
店長は重ねられた制服をしまい、めぐみの目の前にあった制服の胸に名札をつけた。
あの五分間で印刷したらしい。
研修中という文字も入っていた。



制服をハンガーに通し、店長はめぐみをとなりの部屋に案内した。
店のスペースというより、どちらかといえば居住スペースだった。
畳みが敷き詰められたその六畳くらいの部屋にはテレビもクーラーも湯沸しポットもあった。
部屋の隅にはハンガーロッカーがあった。

めぐみは店長に続いて靴を脱いで部屋にあがる。
ハンガーロッカーは塩化ビニールのカバーがかけられていた。
ジッパーを開けると制服が50着位提がっていた。

「こんなにアルバイトがいるんですか?」

めぐみは店長に聞いた。

「契約している人数はこれくらいいるけど実際に働いているのはこの半分もいないかなぁ。辞めますって言ってくれたらすぐに片付けるけど、分からないからね。一ヵ月ぶりに現われて、スケジュールを提出する人もいるしね。だから3ヵ月姿を見せなかったら片付けるようにしているんだ。」

といって店長はさぁーと名札をチェックして3着の制服を手に取った。
おそらく、その名札の人物はこの店に3ヵ月以上来ていないのだろう。
めぐみの名札がついた制服を店長はめぐみに見せるようにハンガーロッカーに提げた。

「この部屋はアルバイトの皆さんの休憩室です。みんなの部屋ですから、食事の後片付けなどは気を付けて、気持ち良く使えるように心がけて下さい。制服はこのハンガーロッカーにかけて管理してください。洗濯は適時、自分で行ってください。あなた方はこのお店の顔ですから、いつも衛生的にいてください。あなたが休憩中、お食事をお店で購入して頂く場合、大変お手数ですけど制服を脱いでからレジに並んでください。宜しくお願い致します。何か他に聞きたいことがありますか?」
「特にありません。」
「はい、では明後日お待ちしています。遅れないように余裕を持ってきてください。」
「はい。」

面接から採用、説明を受けてめぐみは部屋を出た。

店舗部分に出ると、先程の女性がレジ打ちをしながらもめぐみの姿を見つけて会釈してきた。
めぐみも慌てて会釈を返した。
客足が伸びてきた様でめぐみが店を出るときには店長はもう一台のレジを開けていた。
一人暮らしに必要な細々としたものは明日買いに行くつもりだったが、一つ目で採用も決まり時間が余ったので今日のうちに済ませようと思った。

めぐみはこれから一人で生活していくこの町を色々観て回った。
結局買い物はその翌日までかかったがめぐみはあまり調度品を持ち込まなかったので部屋はすっかり片付き、生活もつつがなく始められた。


そしてアルバイト初日を迎える。

めぐみは高校時代にはアルバイトはしていなかったのでこれが初めての就労だった。
小一時間も前に店のそばまで到着しためぐみはさすがに早すぎると思い、曲がり角で立ち止まってしまった。

― さて、どうしよう。

駅ビルで時間つぶしをしようと振り向いたら

「杉田さん・・・だったわよね。」
「は、はい。」
「早いわね。さ、行きましょう」

と言って目の前に現れた女性はめぐみの腕を引っ張った。

最初、上下ジーンズで決めたこの女性が何者か気が付かなかったが、面接の日にレジにいた女性だと気が付いた。

「あっ!」
「ん?ああ、私まだ自己紹介してなかったわね。柴田。柴田英里ね。よろしく」
「はい、あ、杉田めぐみです。よろしくおねがいします。」

二人してコンビニに入る。
レジには高校生くらいの女の子が、弁当売り場では40代の女性が品物を並べていた。
お客さんは雑誌のコーナーで立ち読みをしている男の子が一人だった。

「おはようございます。」
「あ、おはようございます。」

レジの女の子が答えた。
柴田が挨拶をした。これは店長が教えてくれた挨拶で、夕方でも夜でも「おはようございます」であった。
これは先日店長から教わっていた。
まるで芸能人だなと思っていたのだが・・・。

めぐみも慌てて

「おはようございます」

と言った。
レジの彼女はやはりそれに答えた。

柴田は弁当売り場に近づいた。

「おはようございます。」
「あら、英里ちゃん。おはよう。」

弁当を並べていた女性が答えた。
英里の後ろに立っているめぐみに気がついた。

「あ、今日から働いてもらう杉田さんね。おはようございます。」
「おはようございます。」
「これから、宜しくお願いしますね。」
「は、はい。」
「杉田さん、この人は副店長さん。店長の奥さんだよ。家では店長より偉いんだけど。」
「英里ちゃん!」
「はははっは」

二人は笑っている。

「杉田さん、私、ご飯食べていないからちょっと買い物するけど杉田さんはどうする?多分休憩は8時くらいになると思うよ。」
「私は簡単に食べてきました。」
「あ、そう。ならいいわね。まだ時間あるから飲み物買っていきましょう。」

英里は卵とハムとツナの組み合わせのミックスサンドとウーロン茶を手にした。
めぐみはちょっと迷って、飲むヨーグルトを手に取った。
レジに並ぶ。
さっきの女子高生がバーコードを読み取っていく。

「あ、これも一緒に」

と言って英里はめぐみの持っている飲むヨーグルトを取り上げ、一緒にバーコードを読ませた。

「3点で525円になります。」
「あ、私自分で払いますから」

と言ってめぐみは財布を鞄から出した。

「いいからいいから。最初くらいご馳走するわ・・・あ、細かいのがないな・・・じゃあ、25円だけ払ってくれる。」

と言って英里の財布の中の唯一の小銭の500円玉を出した。
レジの女の子は会計を待つ間、商品をポリ袋には入れようとせず、慣れたように購入済みを意味するテープを貼っていった。

めぐみはぴったり25円を財布から出した。


英里は飲むヨーグルトをめぐみに渡した。

「ごめんね。ご馳走すると言ったのに。ポリ袋もったいないからこのままでいいでしょ?」
「はい。」

それを聞くと、英里もサンドイッチとペットボトルのウーロン茶をそのまま手に取った。

「さ、行こ。」

英里は店の端っこにある関係者以外立ち入り禁止のプレートの貼ってあるバックヤードへの扉を押して入った。
めぐみもそれに続いていく。

執務スペースには店長はいなかった。

二人は奥の休憩室に入った。

休憩室には誰もいなかった。
二人は部屋に上がった。

英里は荷物を置くとさらに奥の部屋に入っていった。

しばらくすると戻ってきてサンドイッチを頬張り始めた。

「杉田さん、私たち入る時間帯が殆ど一緒みたいだから、よろしくね。」
「はい。よろしく、お願いします。」
「杉田さん、そんなに固くならなくていいから。そうね、堅苦しいから名字で呼ぶのをやめましょう。この店のみんなは私のこと英里とか英里さんって呼んでるから、そうして。私もあなたのことを名前で呼ぶから。いい?」
「はい。」

英里はにっこりして烏龍茶を一口飲んだ。
めぐみは知らなかった。英里は偶然めぐみと同じ時間帯にバイトに入っていたわけではなかった。
本来であればバイトの就労時間は少しずつずらした方が経営者としては賢明だ。
だが店長はめぐみを一日でも早く一人前にしたかった。いや、しなければならなかったのだ。

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