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Our Dream Come True(2) [書斎の本棚]

二次小説です。


作品が長い為、ブログの制限のため一括で掲載できない為、分割して掲載いたします。





Our Dream Come True(2)
めぐみにとって初めてのバイトの開始時間が迫ってきた。
めぐみは緊張していた。

「あの・・・英里さん」
「ん、なあに?」
「トイレはどこですか?」
「あれ、この前店長に教えてもらわなかった?あの店長、ときどき抜けるのよね。」

と言いながら立ち上がった。

「このお店、店内にはトイレが無いのよ。だからお客さまが貸してほしいと言ってきたら丁重にお断わりして。お店を改装する時にはちゃんと作りたいって言っていたけど。で、従業員のトイレはこっちね。」

英里はさっき消えていったドアを開けた。
その先は完全に住居・・店長たちの自宅だった。

「ここよ。見ての通り店長の家のトイレね。だから、家族のみんなも使うから。」
「は、はい。」

それを聞いて英里は休憩室に戻っていった。


トイレを済ませてめぐみは休憩室に入った。
英里は鏡の前で肩先まである髪を束ねていた。
そしてユニフォームを着た。

壁にかけられている時計は17:50と教えてくれた。

自宅を出るときから三つ編みにしていためぐみはハンガーロッカーから自分の名札が付いたユニフォームを捜し出し急いで着た。



英里が

「じゃあ、行きましょう」

と靴を履いた。めぐみもそれに続く。


英里が出勤記録の操作方法を教えてくれた。そして、ストックヤードから店に入る。
店内は買い物客で賑わっていた。
高校生のアルバイト店員である美紀はもちろん、副店長である奥さんもレジを開きそれぞれに客が並んでいる。

ふたりは

「おはようございます。」

と言いながら取り敢えずレジの内側に入った。

「めぐみちゃん、ちょっと今は何をしているか見ていてね。」

と言って英里は奥さんの横に立った。
奥さんが一点一点バーコードを読み込んだ商品をバランス良くポリ袋に収めていく。
奥さんは手を休める事無く会計を行え、一人の客に応対する時間が格段に早くなった。

英里は袋詰めしながらも耳はもう一台のレジ、美紀の方にも意識を向けていた。
部活帰りらしい男子高校生がホットスナックを注文しているのを聞き逃さなかった。
素早く振り向くと手を洗浄、殺菌してスナックを専用の袋に詰めて、ケチャップ・マスタードを添えて美紀のレジに持っていった。
そして何事もなかったかのようにまた商品の袋詰めに戻った。


二台のレジに絶え間なく並んでいたと思っていた客もめぐみたちが店に入って5分もしないうちに落ち着いてきた。
レジの内側で見ていためぐみは英里、美紀、奥さんの無駄の無い動きがそうさせた理解した。
果たして自分もそのようになれるのか心配になってきた。


レジに並ぶ客足が途絶えたので、奥さん・・・副店長はレジを閉めた。
英里は振り向き、めぐみのトレーニングを始める。


英里はひとまず店内を見せて廻った。
複合型コピー機や銀行ATMなどの設備に、何の商品がどこにあるか、また、弁当類の搬入時間や宅配業者の集荷の時間と受け付けの締め切り時間の説明を受けた。

英里は一度で覚えられなくて当然だと言ってはくれるが、めぐみは頭に叩き込んだ。
一通りの説明が終わると、副店長が一枚の紙を英里に渡した。

「さっき、説明した作業の内、雑誌の返本をしてもらうわね。これが返本する雑誌のリスト。POS、うーん、レジに打ち込んだデータがコンピュータに蓄まっていくの。それを利用して商品をどれだけ補充するのかとか、新発売のお弁当がどんな客層がかっているのか、返本はどれをすればいいのか、全て管理しているのよ。はい、これがリストね。カゴに集めてくれる?」
「はい。」

リストに掲載された、発売日から日数の経過している雑誌がずらりと並んでいた。
雑誌のコーナーに行くと立ち読みをしている客はいなかった。
めぐみはリストの上から順番に探していった。
英里はその場から離れていなかった。

めぐみは本屋に比べてコンビニの取り扱い量は少ないと今まで感じていたが、それでも返本する本を探すのに苦労した。
あまりめぐみは購入しないが、女性誌の名前は聞き覚えがあり探すのも早かった。
だが反対に男性誌は何度も雑誌名とリストを見比べないと不安だった。

一時間経ったが、あと3冊見つからなかった。
英里がやってきた。

「どう。見つかった。」
「あと、3冊見つかりません。」
「3冊?初日でそこまで見つけることが出来たら十分よ。さて、どれどれ。」

と言って英里は雑誌の棚の前に立った。
立ち読みの後で雑誌が元の位置にあるとは限らない。
英里はまず、雑誌の整理を始めた。
3分で雑誌はカテゴリー毎に分類され整然として並んでいた。

英里は振り向き、にこっと笑うとめぐみから返本リストを受け取り、めぐみのチェックが入っていない雑誌名を一瞥して、すぐに棚に手を伸ばした。
めぐみが散々捜し回った雑誌をいとも簡単に見つけだしてしまった。
それだけでなく、雑誌コーナーも整理された。

「雑誌が綺麗に並んでたら探しやすいでしょ。それにお客さまも綺麗に並んでいたら元の位置に戻すものよ。」
「はい。」
「じゃあ、次行きましょう。」

このように、めぐみはレジ打ではなく、他の作業から覚えていった。


あっという間に四月になり学校も始まる。
ボイスレッスンにも通い始めた。

コンビニのバイトを終えると真っすぐにアパートに帰った。
どんなに急いでも夜中の零時半になる。
食事は休憩中に済ませているのでアパートに帰れば風呂に入り、寝るだけだった。

幸い、学校も近いので家を8時ちょっと前に出れば間に合う。
めぐみは忙しくても、眠くても、一人暮らしを始めてから日記を付けるようにしていた。
一行でも、一言でもいいから、必ず毎日付けると決めた。

今は毎日書き留めることが多かった。
夢に向かって着実に近づいていると感じていた。
日記は中村先生に送る報告書だった。


学校、レッスン、バイトの毎日も慣れてきた。
出来るだけ収入も欲しかったから、早くもう一つのバイトをと考えていたが、今は休みが早く来ないかと願う日々で、学校が無い日の午前中は掃除・洗濯に追われ今のところもう一件バイトをすることはやめた。






四月も半ばになるとめぐみもレジ打ちをするようになる。
間もなくゴールデンウィークになる。

めぐみの母親からは一日二日でもいいから帰ってきなさいと言われていた。
店長とスケジュール面で相談してアルバイトの人数の多い日に二日連続で休みをもらった。

その日、仕事が始まる前にめぐみは実家に電話をかけた。
母親が出た。

「お母さん。」
「あら、めぐみ。」
「今度、4日、5日と帰るから。」
「あらそう、良かった。じゃあ、めぐみの大好物を用意しておくから」
「ありがとう。お母さん。」





その頃、店内では店長と英里が話をしていた。

「どうだい、彼女は?」
「いい子ですね。教え始めたときは、正直時間がかかりそうだなと思ったけど、彼女は理解するまでは決して分かったふりをしないから、分かり易いですね。そのかわり理解したことは完璧に覚えます。正直びっくりしました。」
「そうか。」
「もう、一通りの事は出来るし、やる気もあるからまだまだ伸びますよ。」
「うん、そうだね。・・・英里ちゃん、これで任せられるね。もうそろそろいいんじゃない。」

店長の問いに英里は沈黙で答えた。




めぐみが店に入ってきた。バイトが始まる。

「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう。」

元気いっぱいなめぐみの声が店内に響いた。

「じゃあ、英里ちゃん休憩ね。」
「はい。行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
「あ、杉田さん僕も裏で発注データのチェックしているから混んだら呼んで。」
「分かりました。」

今ではめぐみも一人で店番を任せられるようになっていた。






めぐみはゴールデンウィークに久しぶりに実家に帰った。
たった一ヶ月ちょっとなのに、懐かしく感じた。
玄関の扉を開けると、母が迎えてくれた。

「ただいま」
「おかえりなさい」

父はリビングにいた。

「お父さん、ただいま」
「うん、お帰り。」

ちょっと沈黙があった。父も久しぶりに会う娘になんて声をかければ良いのか迷った。

「母さん、張り切ってめぐみの好物のちらし寿司作っているぞ」
「え、嬉しいな。食べたかったんだ。」



めぐみは夕食を家族と食べていた。
部活の合宿で弟はいなかった。
母親から聞いたところによると、弟の担任は赤井先生だったそうだ。
みどり先生は今年も副担任をしているらしい。

母親は一人暮らしをするめぐみの生活を根掘り葉掘り聞いてきた。

「ちゃんと寝てる?」「野菜もしっかり摂っている?」「学校にはちゃんと行っているか?」

好物の五目ちらしを食べながら答えていたが、ちょっとうんざりしてきた。
母と違い、父は何も言わなかった。
でも母親以上に心配しているようだ。
母親との会話に聞き耳を立てているのがよく分かる。

ビンビールを手酌しながら、つまみを突いていた。
グラスが空いたのを見てめぐみはビールを注いであげた。
父親はちょっと驚いたようにグラスを持った。
父はたった一ヵ月半で娘がちょっと大人びたと感じていた。


初めての帰省の二日間はあっという間に過ぎた。
学校も再開し、日々の生活リズムも安定したので、コンビニのアルバイトも当初計画していた通りに時間を増やした。
月水金はレッスンが終わってからなので夜7時から12時迄。
火木は専門学校が終わり次第なので夕方5時から12時。
土曜日は昼の1時から夜12時のうち6、7時間程度。日曜は朝から夜、人が少ない時間に入った。
店にとって有り難い存在になりつつあった。
働く時間だけでなく英里の見立て通り、めぐみの習得は目を見張るものがあった。

英里は店長の言うとおり、そろそろかなと思った。

「店長・・・ちょっと宜しいですか」
「なんだい」
「アメリカ行きのことなんですけど」
「決めたのかい」
「はい。杉田さんが来てくれて、安心して行けます。」
「いつ行くんだい」
「来月早々にはと思ってます。まだ、向こうに連絡を取っていないんですが・・・。今月一杯、このお店でお世話になろうと思います。」
「うん。よかったよ」
「・・・店長・・・店長や奥さん、それにお婆さまにも、みんなに優しくしていただいて。本当になんてお礼を言ったらいいのか・・・」

英里は涙ぐんだ。

「英里ちゃん、泣くのはまだ早いよ」







ある日の夜、店番はめぐみと英里の二人だけだった。

「英里さん、劇団解散してから活動はどうしているんですか?」

働く時間が重なることが多い二人はおしゃべりをする機会も多く、英里が劇団に所属しながら女優を目指していることを聞いていた。
めぐみ自身もバイトをしながら歌手を目指していることもあり、何でもテキパキとこなし、スマートで格好がいい英里は憧れであり、信頼していた。
だが英里が所属する劇団はすでに解散していた。
めぐみがアルバイトを始める前のことだった。
劇団は注目されることもなく、夢に破れた劇団員がひとり、また、ひとりと辞めていき、公演が出来る状態ではなく結果、解散となった。

英里はバイトを続けながら身の振り方を考えていた。
そんな時に一通の手紙が来た。
以前劇団の公演時に協力してくれた舞台役者さんからのものだった。

彼は今、ニューヨークで活動を続けていた。
彼は以前一緒に演じた英里のことが強く印象に残っていた。
たまたま、英里の劇団が解散になったことを知り、彼が所属する劇団のプロデューサーに相談したところ、練習生としてなら参加を許され、英里に打診してきたのである。

英里は迷った。
夢をつかむ滅多にないチャンスだったが、不安もあった。
それにこのコンビニも心配だった。
酒屋からコンビニに模様替えした時以来のアルバイトだった。
その時を知っているバイトはもういない。
夕方の高校生と深夜の男子学生をつなぐ貴重な戦力でもあった。

英里は店長に相談した。
店長や奥さん、腰の悪いお婆ちゃんもみな、行ってきなさいと言ってくれた。
英里は後を任せられる後輩が出来たらニューヨークに行くと決めた。

「ねえ、めぐみちゃん。私、今月いっぱいでこのお店、やめるんだ。」
「え・・・どうしてですか?」

めぐみは驚いた。
英里に色々教わってきたが、店のことを全て知り尽くした英里がそばにいてくれればこそ安心できた。
それがいなくなるなんて・・・。

「めぐみちゃん、聞いて。めぐみちゃんなら私の気持ち、分かってくれると思うから。」

英里はニューヨーク行きのことを話し始めた。




「そっか・・・じゃあ、笑って見送らないといけませんね。」
「ありがと」
「あと3週間か・・・、みっちり教えてもらわないと。」
「言われなくてもビシビシ行くわよ。」
「いや、多少は手加減してください。」
「ふふふ」
「ははは」

夜の店に二人の笑い声が響いた。
しかし、めぐみは笑っていたが、淋しい気持ちが交錯していた。





そして毎日はあっと言う間に過ぎて5月も最終日となった。

送別会も派手にしたかったが、24時間営業のコンビニだから店を閉めるわけにはいかない。
アルバイト仲間の発案で狭くても店の休憩室でやろうと決まった。
ここなら、みんな交替で店番をすれば、少しずつでも、英里と話が出来る。

この日英里は昼過ぎから店に来て休憩室にいた。
バイトは午後4時から10時。休憩は6時から一時間あてた。

バイトに入っていない連中が英里が働く前か休憩時間にあわせてやってくる。
働く連中もちょっと残ったり早く来たりして英里との別れを惜しんだ。

めぐみは6時から12時までバイトだが学校とボイスレッスンで早く来ることが出来なかった。
めぐみが店に入ると英里はいつもと何らかわらず働いていた。
めぐみがレジを代わり英里が休憩に出る。
休憩に出た英里はストックルームまではみ出したバイト仲間にもみくちゃにされているだろう。
さっきめぐみの知らない連中がいたが奥さんの話し振りからこの店でバイトをしていたOGらしい。
英里の人柄がこれだけの人を集めたのだ。


英里が休憩から帰ってきた。店は会社帰りのサラリーマンで途切れることなくやってくる。
こんなに客が集まるのも珍しいのだが、めぐみは英里と話す暇が無く残念に思った。

客足は途絶えないままめぐみの休憩時間が来た。
9時から30分間だがレジが閉められない。
と、思っていたら普段は午前中から昼過ぎまで働く主婦があらわれた。
今日は英里を送るために来たらしい。
そこで休憩が出せないことを聞き付け、めぐみの休憩時間だけ、入ってくれたのだ。

店長が申し訳なさそうに言った。

「いやあ、助かります。」
「いいのよ。英里ちゃんとこうしてレジが出来るなら」

と言って英里の脇腹をちょっと突いた。
人がいなければどの時間でも入る英里は誰からも人気があった。


めぐみが休憩室に行くと部屋はほとんど片付けられていた。
高校生の美紀がめぐみをみつけてティッシュに包まれた何かを差し出した。

「めぐみさん、これ」

めぐみは受け取り中身を見るとクッキーだった。

「おいしいから、みんな手を出してどんどん食べて無くなりそうだったんです。でも英里さんが、めぐみさんの分も取っておいてって言って、なんとか5枚だけ残りました。」

めぐみはクッキーを見つめながら美紀に礼を言った。

「美紀ちゃん、ありがとう。」
「めぐみさん、私門限10時なんで帰りますね。」

そう言って短めの高校の制服のスカートを翻し、美紀は出ていった。

めぐみはひとり休憩室でティッシュを広げ、それを口に運んだ。
たぶんそのクッキーは甘いはずだが溢れる涙と一緒になってちょっと塩っぱかった。
クッキーは音符や休符の形をしていた。
めぐみの為に焼かれたものだった。




休憩時間はすぐに終わった。
涙を拭いためぐみは店に戻った。
客足はぴたりと止まったようで、店は閑散としていた。
めぐみを休憩に出すために急遽入ってくれた主婦は英里と何度も握手をして帰っていった。
あと30分もすれば英里はこの店でのバイトが終了する。


最後の店番をめぐみと共に務めた。
客は5分に一度来るか来ないか程度であった。
店長は裏に下がっていた。

「英里さん、クッキー、ありがとうございました。」

英里はめぐみの方を向きいつもの笑顔で

「味は保証できないけどね。」
「おいしかったです」
「ありがと。」

世話になった英里との時間はあっという間に過ぎていった。




10時になった。

「めぐみちゃん。このお店は任せたわよ。」
「はい。」
「必ず歌手になりなさい。」
「はい。英里さんも・・・」
「うん。」

店長が奥から出てきた。

「英里ちゃん、お疲れさまでした。」
「はい。」

英里は普段と変わらず、店を去っていった。
英里は明日アメリカに発つ。
何か忙しないが、ギリギリまで店のことを思う英里らしかった。





めぐみはこの日仕事を終えて自宅に帰り風呂からあがると日記帳を開いた。
一人暮らしと同時に始めた日記帳を最初から読み返してみる。
この二ヵ月ちょっとで一番登場するのが英里だった。
英里はめぐみに姉のように、時には母のようにめぐみを見守ってくれたのがよく分かる。
その英里が店を託し、自らの夢のごとく歌手になることを応援してくれている。

めぐみはペンを取り今日のページに新たに書き記した。

―絶対歌手になる。―






英里がいなくて淋しいがめぐみの成長のおかげでコンビニは何も問題は無かった。
夏休みになると学生のアルバイトの応募も増え、多少日中の時間的余裕も出来た。
店長とも相談した上で、短期のバイトを少し入れてみた。
色々他の業種にトライしてみるのもいい経験になると思ったし、めぐみもコンビニで自信をつけていたのでそつなくこなしていた。

3Gの仲間から電話があり、日帰りで海にも出かけた。
吉田均以外は大学生活を始めたのだが、みんなやはり色々悩みはあるようだ。
だが、やっぱりG組の仲間は良かった。
最後はみんな笑っていた。

別れ際、みんな声をかけてくれた。

「頑張って歌手になってね」

仲間の声を応援歌にしてレッスンに励んだ。
めぐみは専門学校に通う間はとにかく基礎をつけることを考え、オーディション参加やデモテープを送るなどの活動は一切しなかった。
ボイスレッスンで学校以上のことを教わり、来たるべき日に備えた。

レッスン先に選んだ先生は後から知った話だが、業界ではとても有名な人だった。
めぐみが知っている歌手、アーティストをいくらでも挙げることが出来る。
よくもこんな先生に当たったものだと思うが、この先生は完成された歌手のレッスンはせず、広く門戸を開き多くの未開発の歌手候補生のレッスンをしていた。
それでも、週に3コマ取れたのはラッキーであった。

高校から独学で練習してきたことや下手したら専門学校で習ったことすら否定するレッスンであったが、堅苦しいものではなく、気持ち良く歌うことを考えなさいと言われたレッスンは楽しく、あっという間に時間は過ぎていく。
もうちょっと習いたいのだが、やはり先生のレッスンを習いたい人は後を断たず、終了時間が迫ると次の生徒が待機しているのが見えた。
何度かすれ違い、顔馴染みになった次の生徒さん・・・自分と同じくらいかやや年上の彼女と会釈を交わした。
歌手を目指している人はいくらでも居た。


専門学校、ボイスレッスン、バイト漬けの日々だった。
次に実家に帰ったのは年を越した後、学校が再開する直前だった。

親たちは文句を言ったがバイト先は正月も盆も関係ないコンビニだ。
英里に任されたのだから、めぐみは年末年始も大車輪のごとく働いた。
学校は一年課程だった。三月で終わる。



めぐみは両親に引き続きバイトをしながら歌手を目指すことを宣言していた。
まあ、最初の一年は基礎を学び、それから本格的にオーディションを受けていくという方針は話していたし、父親もその考えに賛同していたので二年目に突入することに両親は反対をしなかった。

だが母親は実家に帰ってきたらと言う。
父はそのことには一切口を挟まなかった。
父にはめぐみがなんて答えるが分かっていた。
歌手になるための勉強もしているが、娘は社会人としてたくさん学んでいるのを知っていた。
娘のように可愛がってくれるコンビニのオーナーを簡単に切り捨てられるような子だとは思っていなかった。
母親からは想像どおりの回答が来て、めぐみは帰っていった。


めぐみの夢を掴むための次のステップが少しずつ形が見えてきた。
三月に学校は終わった。
卒業、即就職という連中は少なく、就職が決まった連中も就職先はおよそ音楽に関係のないところだった。
レッスンやバイトに忙しいのはめぐみだけでなく、級友も似たり寄ったりだった。
教室内で仲良くなった友達はいるが、卒業後もまめに連絡を取り合うかと聞かれれば些か、自信が無かった。
やはり高校の時のクラスメイトとは訳が違った。
3Gには強い絆があった。その中心には中村先生がいる。





めぐみには気になることがあった。
その件でりな達に連絡をしていたし、情報を待っていた。
大学生は長い春休み。いくらでも時間が取れる。
だがめぐみは毎日のようにバイトを入れていた。

コンビニでのスケジュールは早めに出すように言われている。
めぐみは店長に訳を話して三月の毎週末は予定を入れずにいた。
バイトに入れる連中が潤沢にいればいいが、あまり希望者がいない。
本来、めぐみがその薄いところを埋めていくのだが、それが出来なかった。
困り顔ながら、めぐみに督促をしない店長を見て胸が痛かった。

その時メールの着信を知らせる振動がめぐみに伝わった。
りなからだった。

中村先生の一周忌の日程が決まった。
場所はやはり故郷であり中村先生の合唱の原点である教会だった。
めぐみはすぐに報告し、めぐみとその場で話し合いながらスケジュールを作っていった。
勿論、人の薄いところを埋めていく。
めぐみの予定が決まれば後は何とかなりそうだ。
いつもの事だが店長と副店長が多少無理をすることになるだろう。

迂闊にバイトが足らないと言うとお婆ちゃんが張り切って店番をしようとする。
店にいるときはまったく問題無いが張り切りすぎて、翌日から一週間くらい腰が痛くなり、起き上がれなくなる。後のことを考えたらお婆ちゃんにはじっとしていてもらいたい。

めぐみは肩の荷が下りたように気持ち良くその日働くことが出来きた。



仕事が終わるとりなにお礼のメールを入れた。
本当は当日、みんなどうやって韮崎に行くのか打ち合せしたかったが、夜も更けていたのでメールでお礼だけ述べ、また明日連絡すると書き足した。

送信して一分もしないうちにりなから電話がかかってきた。

「もしもし」
「あ、めぐみ。わたし。今大丈夫?」
「うん。バイト終わったから。あ、ありがとうね。」
「うん、いいのよ。で、どうする?めぐみは中目黒でしょ、地元組は横浜で待ち合わせているけど、東京からじゃ横浜に出たら遠回りだからね。」
「そうね」
「だから東京のみんなは新宿あたりで待ち合わせない?」
「うん、分かった。」
「じゃあ、雅人とかにも連絡するから。時間決まったらメールするね。」
「うん。りな、ありがとう」
「じゃあ、またね。おやすみ」
「おやすみ」

りなは殆ど一人で喋って電話を切った。
でも内容はめぐみが気になっていたことズバリだった。
やはり、りなは頼りになる。
めぐみは風呂の支度をした。





新宿駅の東口にある大型ディスプレイが見える広場で8時45分に待ち合わせをしていた。
自宅から30分もかからなかった。
雅人がすでに待っていた。すぐにりなも来て、5分もしないうちに全員が揃った。
新宿集合は8人だった。教わったとおりに切符を買う。
中央線乗り場に行き電車を待つ。休日だけ走るホリデー快速だった。


久しぶりに会う同窓生とめぐみはおしゃべりをした。
電車は彼らを乗せて、式の開始2時間前に到着した。
駅前には既にみんな到着していた。
横浜から出発して、八王子で乗り換えをしてきたようだ。

「お、来た来た。」

守が手を振っている。
吉田が手配していた食堂で貸しきり状態で昼食を摂った。
どうしても都合がつかなかった人もいるがこれだけの連中が揃ったのは卒業以来初めてだった。

一周忌の式典が終わったら皆、それぞれ帰ってしまう。
あまり、ここでのんびりしていられない。同窓会代わりに、ここで式が始まるまで話を弾ませた。


そして、みんなで教会に向った。
一年前に中村先生を送った教会だ。そして、みどり先生と結婚式を挙げた教会だと聞いている。
めぐみはそれ以外に、みどり先生から聞いていた、中村先生の幼少期の合唱の事を聞いていた。
この教会で中村先生は歌手になる夢を思い、夢は果たせなくても私たちに合唱を、そして合唱を通じて大切な事を教えてくれた。
めぐみは教会の目の前に立ち、見上げた。

みどり先生がやって来た。

「みんな、わざわざありがとう。」
「あ、みどり先生。」

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