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Our Dream Come True(3) [書斎の本棚]

二次小説です。

長い作品になりました。ブログの文字数制限もあって、分割掲載しております。






Our Dream Come True(3)
いつも変わらぬ笑顔でみどり先生は輝いていた。

みんながみどり先生を囲む。
教会から他の先生達も出てきた。
久保先生、教頭先生、理事長もいる、麗子先生に岡田先生・・・
めぐみは赤井先生を見つけた。

「赤井先生」
「お、杉田。元気そうだね。」
「赤井先生、いつも弟がお世話になっています。」
「うん、あいつはクラスの人気者だぞ」
「やだ、恥ずかしい・・・」
「ははは」


教会に入る。
花がいっぱいの祭壇には中村先生の写真が飾られている。

「ねえ、みどり先生。この中村先生の写真っていつの時のの写真なの?結婚式の時じゃなさそうだけど・・・」
「この写真は結婚した後・・・そう、中村先生が倒れてみんなが病院まで来て、公園でのばらを歌ってくれたことあったでしょ。あの後、退院してすぐに撮った写真なのよ。」
「そうなんだ」
「あの写真、本当は横に私がいるのよ。」
「へ~」
「実は、中村先生と一緒に撮った写真ってあの一枚だけなのよ。」
「本当に?」
「うん。結婚する前の学校行事の写真なんかも調べたけど、中村先生と二人で撮った写真は一枚も無かったの。集合写真ならあったけどね。ちっちゃくて・・・。ふふふ」

めぐみは祭壇で笑う中村先生の写真を見ていた。

― そっか・・・みどり先生が横にいるから、嬉しそうな顔をしてるんだね ―




中村先生を偲ぶ一周忌も終わった。
来年は3回忌になる。
私たちの同窓会もその時にしようと約束をした。




韮崎からの帰り道、めぐみはまっすぐ東京には向わずに八王子で乗換えをして横浜に向った。
実家に寄るためだった。

「あら、めぐみ。どうしたの?」
「中村先生の一周忌に行ってきた。中目黒に帰る前にちょっと寄ったの。・・・お父さんいる?」
「いるわよ」

めぐみは家に上がり、リビングに入っていく。
めぐみの父は食事を終えて、大河ドラマを観ていた。

「お父さん」
「ああ、めぐみ。どうしたんだ」

事前に帰ってくるなんて聞いていなかった父は驚いていた。

「ちょっと話があるんだけど」
「なんだい」

母も何事だろうと後ろに立っていた。

「お父さん、お母さん。歌手になる夢を追いかけるために無理を言ってごめんね。そして専門学校の学費とアパート代の仕送りもありがとう。それで・・・これからはアパート代も私が自分でアルバイトから払うから、もう仕送りはいいから。」
「めぐみ、ボイスレッスン代もあるんでしょ。無理してアルバイトをいっぱいやって身体壊したら元も子もないのよ。」

心配した母が言った。

「大丈夫。あんまり、お金を使う必要もないから、無理をする程バイトをする必要も無いのよ。だから、自分でやってみる」
「そうか。じゃあ、やってみなさい。でも、困ったことがあったら我慢せずに言いなさい」
「はい。」

父は今度も反対せず、私のやりたいようにやらせてくれた。



4月になると、めぐみはボイスレッスンの枠を増やした。
これで月曜から金曜日の毎日ボイスレッスンを受ける。

そろそろ、オーディションの事を考え始めていた。


レッスンは夕方なので、お昼からコーヒーショップで定期のバイトを入れた。
そこでのバイトを終えると、ボイスレッスンを受けて、その後コンビニのバイトとなる。
毎週日曜を自分ではバイトはお休みと決めたが、コンビニの勤務表が出来た後、厳しそうであればめぐみは調整をした。
結果、いずれかのバイトがあり完全な休みが取れない週も多かった。


渋谷にあった専門学校も卒業した。
ボイスレッスンとバイト先二軒を効率よくまわる為にめぐみは自転車を買った。
レッスン先や新しく始めたバイト先のコーヒーショップもちょっと駅から離れていたので、自転車はとても役に立った。

コンビニの副店長である、奥さんは

「自転車、気をつけてね」

と、いつも言ってくれる。
どうやら、あまり運動神経がいい方と思われていないようだった。


ボイスレッスンスクールのラウンジにはオーディションの開催予定情報が壁面に貼られていた。
今までは、眺めているだけだっためぐみは、この日手帳を取り出して、日程や内容を控えていった。
めぐみはその中のひとつを選び、自身初めてのオーディション参加を決めた。
5月末の開催だった。

めぐみはオーディション参加の申し込み用紙と経歴書とを同封して、それを発送した。
4日後には受付完了の知らせと当日の整理券が送られてきた。
整理券には330番という番号が振られていた。既に330人以上応募しているということなのか・・・。

レッスンにも力を入れて、毎日のバイトもせっせと励んだ。
コーヒーショップのバイトはコンビニの経験が活かされすぐに仕事を覚えた。
コンビニでは徐々に主力となり、深夜働く為に応募してきた自分より年上の男子大学生のトレーニングをすることもしばしばだった。

二冊目となった日記帳にも書いていく事が増えてきた。
めぐみは充実した毎日をすごして居た。


あっという間に5月も後半となり、そろそろ梅雨気配が感じられた。
めぐみにとって最初のオーディションの日になった。
小雨が降ったりやんだりしている天気模様にめぐみは自転車を使わずに歩いて駅まで行った。
電車に乗り、オーディション会場である大井町へと向った。

会場前には同世代の女の子が沢山いた。
想像以上に大きな会場だが、説明を聞くとワンフロアに受験者が入りきれず、一つ上のフロアでも同じように受験者がいるようだ。

フロアの窓際にはテーブルとパイプ椅子が10セット並んでいた。

整理番号順にそのテーブルの前に列を作らされた。
一列に50人ずつ並ばされた。
めぐみは前から左から7列目、前から30番目だった。

主催者の事務員がマイクを使って説明を始める。
その間に書類を抱えた「審査員」らしい人が沢山現れて、目前の椅子に次々と腰をかけていった。

審査が始まった。
事前に聞かされていたが、課題曲は無く、選曲は自由だった。
MD等で伴奏を用意しなさいと指示は出ていなかったので、アカペラになるとは思っていたがこれほど接近した場所で10人が一斉に審査を受けるとは思っていなかった。
始まると、色々な歌声が入り乱れた。
こんな中で審査が出来るものなのか?

それに30番目なら廻ってくるのに結構時間が掛かるな・・・と思っていたら、列はどんどん前に進んでいった。近づくにつれて審査を受けている様子が見えてきた。
整理番号と名前の確認が行われると、すぐに歌いだす。特にワンコーラスとか決まりはなく、審査員のタイミングでストップがかけられる。

10列並んでいるが、それぞれ同時に行われているので歌や人の移動でざわついている。
めぐみが選んだ曲はバラードだった。
こんな状況で歌えるのか?

目の前に並んだ受験者がどんどん減っていき、めぐみの順番となった。
30歳前後の審査員が、

「330番・・・杉田めぐみさんだね。」
「はい。」
「じゃあ、はじめて」

めぐみは歌い始めた。
静かな出だしのバラードは盛り上がりを見せる前に審査員のストップの声で遮られた。
めぐみの初めてのオーディションは30秒で終わった。

気のせいかもしれないが、他の人より短く感じた。
それはどの受験生も感じていたことなのだが・・・。

10列に並んだ、全ての受験者の審査が終わった。
500人くらいの審査が一時間程度で終わった。

審査員がクリップボードを持ちながら、各列の前に立った。
進行役の事務員が説明する。

「これから二次審査に進める方に整理券を配ります。審査員が名前を確認して渡します。二次審査はこの後すぐに行います。会場は一つ上の階で行いますので合格者はすみやかに移動してください。整理券を渡されなかった方は残念ながら次の審査には進めません。オーディションは定期的に行っています。毎年3回ありますので、皆様には更なる努力をされて、またお会いできる事を期待しております。・・・では、発表していきます。」

事務員の説明が終わると、各列に並んだ審査委員が前から列の脇を進んできた。
前から、5人目の女の子に1枚、さらにその途中で1枚、連続して1枚、二次審査への切符が渡される。
審査員はそれ以降、立ち止まることなくめぐみのそばまでやって来た。
でも、彼は歩くスピードを緩めずに後方へ消えていった。
私たちの列で合格したのは結局3人だけだった。

「二次審査受験の方は速やかに移動してください」

とさっきの事務員が言った。
にこやかな表情の受験者が足取りも軽く出口から外へ消えていった。
30人くらいだろう。

めぐみは、悔しいというより驚いた。
あまりにも呆気なかったからだ。
でも、周りの受験者の殆どはサバサバした表情で帰り支度を始めた。
これが歌手を目指す人達の現実なのだろう。



それからも、めぐみはオーディションを次々と受けていった。
書類審査で落とされる事もあるが、二次審査に進む事もあった。
だが、それ以上は無かった。


オーディションを受ける為に、一日拘束される。
その日はアルバイトを休まなければならない。
コンビニのオーナー夫妻も理解してくれるが、やはり気にしてしまう。

英里がいなくなった後、多くのアルバイトが入ってきて、やめていった。
めぐみは今になって気がついた。
英里の存在はこの店にとって、アルバイトが少ない時間に入ってくれる単なる便利屋さんではなかった。
英里の存在はアルバイト連中の士気をあげる存在。そう、リーダーだった。

今、このコンビニで働いているアルバイト連中には結束が無かった。
めぐみなりに精一杯しているつもりだったが、つねにオーディションの事が頭にこびりついていた。
コンビニのバイトは水準以上にこなしているが、増えた後輩達全てに心づくし出来ているのかと聞かれたら、NOと言わざるを得ないだろう。




めぐみはコンビニで迎える二度目の夏、オーディションを控え目にしてコンビニのバイトに注力をした。
夏休みになれば、学生を中心にほっといてもバイト募集に応募してくる。
ただ、夏休みが終わると殆どがやめてしまうので、めぐみはこの夏にやってきたアルバイト連中を何とか秋も冬もそのまま働いてもらおうとした。
その為に何をすればいいのか?


めぐみは高校時代に手本を見ていた。
まとまりのない、連中を一致団結させたいい例を・・・。

同世代の連中がこのコンビニに集まったんだから、単にアルバイトをしてお金を稼ぐだけではなく、今だから出来る事。将来振り返ったら、ちゃんと足跡が残っていること。
この店にそんな魅力があれば、みんな辞めていくことは無いだろう。




めぐみは、コーヒーショップのアルバイトをやめさせてもらった。

そして、めぐみはスケジュールの許す限り、様々な時間に働いた。
めぐみより、バイトのキャリアの長い美紀も大学受験があるので、バイトは休んでいる。
普通なら一旦やめるのかもしれないが、美紀も英里に育てられた世代だった。
この店を簡単に捨てられなかった。
合格が決まったら、美紀はすぐに戻ってくるだろう。
だから、今は受験勉強の合い間にアイスクリームを買いに度々訪れて、店長や副店長、めぐみなど知っている顔を見つけておしゃべりをして、また勉強に帰っていった。



めぐみは積極的に仲間に話しかけ、仕事のことも仕事以外のことも、何でも話せる環境にしようとした。
しかし、高校1年生くらいの男子からみれば、めぐみは随分お姉さんだった。
女子はめぐみさん、めぐみさんと話しかけてくれるが、男子はなかなかそううまくはいかなかった。


それでも、めぐみからどんどん話しかけ続けた。



8月の終わりには、店長と相談して、庭でバーベキュー大会も開いた。
思った以上にみんな参加してくれた。
めぐみはこの分なら、夏休みが終わっても、みんなバイトを続けてくれるだろうと思った。







9月に入り、雨の日が多くなってきた。
客足も伸びず、めぐみは店長から仕事を申し付けられていた。
めぐみは休憩室にいた。
夏休み中、たくさんいたアルバイトの人数分、ハンガーロッカーにユニフォームがぶら下がっていた。
めぐみは店長から渡されたメモを見る。
電話だけでやめますと告げてきた者のユニフォームを見つけて、名札を取り、洗濯する為にハンガーから外した。
また、最近スケジュール提出に来なくなった連中のユニフォームを端っこに集めた。
店長の考えで3ヶ月経つまでは片付けはしない。
でも、おそらくこのユニフォームがいま付けられている名札の人物によって袖を通されることは無いのだろうと想像できた。


めぐみは悔しかった。
あれだけ、やったのに沢山の連中が辞めていった。
せめて制服を洗濯して返すくらい出来なかったのかと怒りたかった。
でも、そこまで皆を持っていけなかった自分が悔しかった。





相変わらず、オーディションも上手く行かなかった。
書類選考だけで落とされることが多いと感じた。
提出した書類には、身長・体重・スリーサイズ。顔写真と全身写真。
その書類と写真だけで、歌手への門を開けてくれるのか、閉められるのか決まった。
めぐみは、一次が書類選考だけのオーディションに応募するのをやめた。
それは、歌手になるチャンスを自ら狭くすることになるのだが、めぐみは決心した。





そして、秋は深まっていき、冬が訪れた。
仕事を終えためぐみは部屋に入った。
バイトも歌手への道もうまく行かなかった。
めぐみは机で突っ伏して、涙を流した。
中村先生を亡くして以来、高校卒業後はどんなに辛くても泣くまいと決めていた。
だが、この夜は抑えることが出来なかった。


めぐみは思い出したように、本棚にあるプリントショップで現像時にもらえるアルバムを開いた。
高校時代の写真だった。

大学に進学せず、歌手になると決めためぐみは、他の生徒が合唱と勉強の両立をしなければならないので、自ら進んで中村先生の手伝いをした。

夏休み中の体育館の使用許可を取り、合唱の練習の時間の調整をした。

だが、ある夏休みの一日、他の部活が体育館を使用していた。
他の学校のチームが来ていて試合をしている。

めぐみは思い出した。
確かに先に使用許可を貰ったのはめぐみであり、秀雄のクラスの合唱だったのだが、その後に運動部の試合が入った。
他校との試合でなかなか調整がきかないので、先に予定が入っていためぐみに時間を調整できないかと打診があったのだ。
めぐみは、それならどうぞと即答した。合唱は時間を調整すればいい。そう思っていた。
だが、めぐみはそれをみんなに伝えるのを忘れていた・・・。


夏休みながら学校に集まった3Gの生徒と中村先生とみどり先生。
アクシデントに戸惑いながら、誰もめぐみを責める事はしなかった。
中村先生はすぐに言った。

「今日は暑くてもカラッとしていますね。こんな天気のいい日、たまには外で歌いましょうか」

この中村先生の一言でみんなは外に飛び出した。
中村先生とみどり先生は一言二言相談して、行き先を学校のそばの公園に決めた。
その公園は町を一望できる高台にあった。
夏の太陽は真上にあるけれど、気持ちのいい風が吹いていた。

ピアノが無いので、みどり先生は手拍子でリズムを取ってくれた。

いつもは体育館で歌っているので響いた声が、外で歌うと空に吸い込まれて消えていく。
いつも以上にしっかり声を出さなければいけなかった。

でも、気持ちよかった。

休憩になった。
めぐみはポケットにカメラ付フィルムがあるのに気が付いた。
教室でみんなで撮りあったもので、あとちょっとだけフィルムが残っていた。

めぐみは笑っているクラスメイトを撮った。
りなはおどけた様に大口を開けて歌っているふりをしている。
守はピースサインを向けていた。
愛華と萌が抱き合っている。

そして、フィルムが一枚だけ残った。
めぐみはあたりを見回した。
めぐみの視界に中村先生が入ってきた。
いや、もしかしたらめぐみが中村先生を探したのかもしれない。

中村先生は暑い夏の日差しの中、すごく素敵な表情をしていた。
めぐみは、これが余命を知った人の表情なのかと驚いた。
ちょっと遠い眼をしながら町並みを観ている中村先生に向けてめぐみはシャッターを切った。
中村先生は気が付いたようだ。
でも、笑うだけで何も言わなかった。



アルバムの中のクラスメイトの笑顔を見て、最後に中村先生の笑顔が出てきた。
めぐみはもう一度、涙が出てきた。
しかし、両手でその涙を拭った。

「中村先生・・・」

バイトから帰ってきて、暖房も点けていない寒い部屋で、めぐみは、恩師の名前を口にした。


めぐみは中村先生とクラスメイトの写真を机の上に飾り、必死に夢を追いかけ続けた。
オーディションもアルバイトも毎日全力投球だった。
歌手への道のりは全く先が見えない状況だったが、部屋に帰ると先生と仲間がいた。

「自分だけの夢ではない。諦めるもんか!」




暮れも押し迫った頃、バイトの休憩中に副店長である奥さんが休憩室に入ってきた。
めぐみに一通の手紙を差し出した。
その封筒のデザインはエアメールだと教えてくれた。

「あ!もしかして!」
「そう、英里ちゃん。」

めぐみは封筒から便箋を取り出した。
もどかしいほど、なかなか開かない。
やっとの思いで、広げると英里の性格をあらわすような大きな文字が踊っていた。

「店長、奥さん。元気ですか? 劇団の練習生として稽古漬けの毎日です。舞台の袖から眺める仲間達は輝いていて、いつか私もあの舞台に立つんだと思うと忙しい毎日も全く苦になりません。それで・・・聞いてください。プロデューサーからサブとしてセリフつきの稽古をさせてもらっているんですよ。これは、メイン役者に万が一のことがあった場合や、選んだ役者のイメージが合わない時に備えてうちの劇団ではこの方法を採用しているんです。多分、今回の公演でも舞台に上がる事は出来ないと思いますが、着実に一歩一歩確実に歩いている実感があります。「ちゃんと食べてるの?」って奥さん言いたいんでしょう!バイトをしている頃から言われてたよね。はい、ちゃんと食べていますよ。というか、稽古が厳しいからモリモリ食べて、筋肉が付いて、体重増えたと思う。みんな、元気かな?めぐみちゃん、この手紙読んでくれているかな?お店忙しいかもしれないけど、歌手になる夢はなくしちゃダメだよ。でも、めぐみちゃんの事だからお店心配だよね。そこが、めぐみちゃんの良いところ。だから、私も安心して夢を追いかけて海外に飛び出せたんだ。でも、めぐみちゃん。簡単につかめる夢なら追いかけてもつまらないよ。なかなかつかめないから夢なんだよ。何度も何度もつらくて泣いちゃうこともあるだろうけど、海の向こうから応援してるよ。
 ガンバレ!ガンバレ!ガンバレ!
めぐみちゃんならきっと歌手になれる。そのときには私もブロードウェイの舞台に立っているはずよ。競争ね。

じゃあ、稽古に戻ります。東京も毎日寒いでしょう。みんな風邪ひかないでね。バイバイ。     英里  」

英里さんらしかった。ちっとも変わっていない。
めぐみは嬉しくなった。笑って奥さんを見上げた。
奥さんも、めぐみが行き詰っていたのを知っていた。
だから、英里の手紙を見て真っ先にめぐみに見せたのだった。

間もなく、歌手を目指して二回目の年の瀬を迎える。




今度年越しは実家には帰らず、コンビニのバイトに終始した。
年越しに帰ってこないことに母はちょっと不満を漏らしたがそれ以上に強く言わなかった。
すぐに成人式があるので帰ってくると知っていた。







店長と奥さんに挨拶をして、めぐみは東急東横線に乗った。
式の前日だった。

「ただいま」
「おかえり、めぐみ、ちょっと来なさい」
「はい」

母の言葉に従い奥に入っていくと、和室に振袖が準備されていた。


めぐみは洋服で出席するつもりだったが、両親が振袖を勧めた。
めぐみも固辞をしていたのだが、父親の「母さんの為にも着なさい」の言葉に素直に従った。
本当の事を言えば結果的に一番喜んだのは自分自身だった。

「あ、きれい」

去年の秋に日帰りで実家に寄った時に慌てて生地を選び、採寸したもので仕上がったものを見るのは今日が初めてだった。

「さ、食事にしましょう。明日は早いから。」
「うん。」

めぐみは台所に行って母の横に立った。
鍋の材料をめぐみが包丁で切っていく。

「あら、めぐみ。随分、包丁の使い方巧くなったわね。」
「そう、ちゃんと自炊しているからね。」
「めぐみ・・・もしかして、誰か男の人に部屋で料理を作ってあげたりしてるんじゃないの・・・」
「な、何言ってるの、お母さん。そんなわけないでしょ。」
「ふふふ。分かってるわよ。そんな人が出来たらあなたの場合見ればすぐに分かるわよ。」
「何よ、それ」
「ふふふ。」
「ははは。」

親子は久しぶりの水入らずに楽しんでいた。

「ただいま」

弟が部活から帰ってきた。

「あ、ねえちゃんおかえり」
「うん。赤井先生元気?」
「元気、元気・・・いや、今日は元気なかったな。奥さんと喧嘩したみたい。いつものように岡田先生のアパートに泊めさせてもらおうと思ったのに、断られたみたい。」
「どうして?」
「岡田先生、彼女が出来たみたいなんだ」
「ふーん。しかし、あんたよく知ってるわね。」
「赤井本人が喋ってるんだもん」
「そうか」

家族四人での食事はあの引越しの日以来だった。

― 思ったより、早かったな・・・。でも・・・今度は、歌手になっていたい。 ―


朝早く、眠い目を擦りながら起きる。
父と弟はまだ、眠っていた。
母はもっと早く起きていたようで、めぐみに簡単な朝ごはんを用意してくれた。
髪を結い、着付けをしなくてはいけない。
大急ぎでトーストを口に運んだ。


食事を終えると、めぐみ一人で美容院へ行った。
高校時代に通っていたお店で、幼馴染の母親がやっている店だった。
普通の日であれば開店している時間ではないが、今日は別だった。
めぐみの母が予約を入れてくれたのだ。

店に入ると、めぐみ以外にもう一人お客さんが来ていた。
幼馴染の母がめぐみの髪を結ってくれた。
となりでは他の美容師があたっていた。

「見ていたら私も着物着たくなっちゃったな」

めぐみの髪が日本髪に結われていく様子を幼馴染が眺めていた。

「もう一回、成人式する?」
「うん、するする。着物着たら、ばれないかな?」
「うーん・・・微妙・・・」
「あーめぐみちゃん、こんなときは全然問題ないとか、せめてギリギリセーフとか言うもんだよ」
「ごめんなさい、でも3歳も鯖を読むんでしょ」
「あっまだ言ってる。・・・本当に着物着ちゃおうかな。お母さん、私の髪も結ってくれる?」
「何言ってんの。今日は予約でいっぱいだし、着物だって用意してないでしょ。」
「そうなのよね・・・、じゃあ着物は誰かの結婚式しかないか・・・。あ、めぐみちゃん。結婚の予定は?」
「そんなのあるわけないでしょ。」
「そりゃそうか。年齢から言ったらめぐみちゃんより、私のほうが頑張らないとね。」

母親が、口を挟んだ。

「めぐみちゃん、うちの子がお嫁に行くの待っていたらいつになるか分からないから、早くお嫁に行って着物着させてあげて。めぐみちゃんのウエディングドレス姿見たら、少しは結婚あせると思うわ。」
「あ、お母さん!」
「だって、そうでしょ。付き合っている人いるならうちに連れてきなさいって言っているけど、なかなか連れてこないのよね。隠しているのかと思ったら、本当に彼氏いないみたいだし。」
「はい。どーせいませんよーっだ。」

と言って幼馴染は奥のほうに消えていった。

時計が進んでいく。店に新しい客が二人入ってきた。やはり予約の客だった。

めぐみの髪もそろそろ完成だ。

「めぐみちゃん、似合うわね。あとで振袖姿見せてね。」
「はい。」
「はい、出来上がり。」
「おば様、ありがとうございます。」
「お母さん、もう二階で準備しているわよ。早く行ってらっしゃい。」」
「はい。」

めぐみは店の外には出ずに、子供の頃何度となく上がった階段を昇った。
一番手前の和室で、母と幼馴染の祖母が待っていた。
自宅から振袖は運び込まれていた。
着付けはそのお婆ちゃんがしてくれた。

そして、めぐみは振袖姿になった。




父と弟も車でやってきた。
成人式の会場である、文化会館へは車で送ってくれるのだ。

美容室を抜ける時に

「あら、めぐみちゃん綺麗よ~。本当に、はやくお嫁さんになっちゃいそうね。」
「そんなことないですよ。・・・じゃあ、行ってきます。」
「はい、いってらっしゃい。」

お店を出るとそこでめぐみの弟がデジカメで写真を撮ってくれた。
家族全員で文化会館まで送ってくれた。

「じゃあ、行ってきます。」
「はい、気をつけてね。」
「姉ちゃん、いつものように大股で歩くとみっともないよ」
「こらっ!」
「ははは」


怒ってみたけど、やはり慣れない着物は大変だった。
すそを気にしながらチョコチョコと歩く。

「めぐみ~!」

声のする方を見ると、既に栞・愛華・りな・均・守が待っていた。
愛華は振袖で栞とりな、均と守はスーツ姿だった。

「めぐみ、きれい!」

りなが声をかける。

「ありがとう。でも、着物は大変よ。私も振袖はいらないっていったんだけど、親がうるさくてね。」
「でも、これからも結婚式とかで使えるからいいじゃない。」
「そうね・・・だれが一番先に結婚するかな?」
「雅人と近藤じゃないかな?」

守が口を言った。

「じゃあ、今度聞いてみよう。でもまたあいつ等喧嘩してたりして・・・」


それからも、何人かの同窓生が集まってきた。
ただ、住んでいた区が違うこともあり、同窓生全員が同時に成人式に参加しているわけではなかった。
となりの区でも、反対側の区でも成人式は行われていた。分散していた。

「あと、二ヶ月したら全員集まるんだよね」
「うん、そうだ。」

大学生になっていた吉田が答えた。
そう、間もなく恩師中村秀雄の三回忌が迫っていた。


成人式が終わると、同窓生・・・とは言ってもここにいる10人程度だけだが、食事に行った。
イタリアンレストランで、成人になったのでワインをボトルで頼んだ。

「かんぱーい」




食事も終わって、日が暮れる前に解散となった。

「じゃあ、また3月に」

りなが言った。
まだ、日程も場所も決まっていない。みどり先生とも話し合いが出来ていないが、ここのみんなは・・・いや、恐らく他の会場で集まったみんなも、そして、今日都合が悪かったものも、おそらく3月の3回忌と同窓会には出席しようとしていた。今年もりながみどり先生と連絡を取り合って、みんなに、めぐみに連絡してくれる事になっていた。






皆と別れためぐみは家に携帯電話で父に連絡し迎えに来てもらうようにお願いした。
予め、そう相談してあった。

すぐに父がやってきた。
車に乗り込んだ。

めぐみの父の運転する車はすぐに国道の交差点の信号にひっかかった。
なかなか信号は変わらない。その時、めぐみはちょっと考えが浮かんだ。
でも、父にわがまま言わなくてはいけない。

「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「最初は着なくてもいいよと言った振袖だけど、やっぱり嬉しかった。ありがとう。」
「ああ」
「それでね・・・せっかくだからこの振袖姿を見せたい人がいるんだ。」

父はしばらく黙っていたが

「コンビニのオーナーのご夫婦か?」
「よく分かるね」

父は何も答えず、少し口元を緩めた。
サイドミラーに目をやって、ウインカーを出して、右折レーンに車を進めた。
信号が変わって、父は国道を走り出した。

「いつもお世話になっているから、挨拶して、お礼を言っておかないとね」
「うん」

車は東京を目指した。

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