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Our Dream Come True(4) [書斎の本棚]

二次小説です。


長い作品になりました。分割掲載しております。もう少しお付き合いください。





Our Dream Come True(4)
「店長!」

客足が途切れるのを待って、めぐみは店内に入った。

「あら、めぐみちゃん、綺麗ね」

そばに居た副店長・・・奥さんもやってきた。
後ろからめぐみの父も側に来た。

「いつも娘が大変お世話になっております。」
「あ、お父様。こちらこそお嬢様にはお世話になっております。」

父と、店長たちが挨拶している間に、めぐみは休憩室を覗いてみた。
休憩室にはバイトを終えた男子高校生と、30分後からバイトが始まる男子大学生がいた。

「杉田さん振袖・・・、あ、今日、成人式だったんですね。おめでとうございます。」
「ありがとう」
「杉田さん、ちょっと待ってて、写真撮ろうよ」

と、言って部屋の隅の鞄からデジカメを取り出した。
めぐみ一人で撮ったり、かわりばんこで二人で並んで撮った。

「今日、デジカメ持ってきてよかったよ。せっかく、杉田さんの晴れ姿、見られない連中が悔しがるところだったから。そうだ、パネルにしちゃおうか?」
「ちょっと、待ってよ」
「ははは」
「ふふふ」




「めぐみ、そろそろ帰ろうか」

父が休憩室の前まで来た。
そうだ、家で母たちが夕食の準備をして待っていてくれる。
帰ろう。










成人式も終わり、めぐみはレッスンとバイトの繰り返しの毎日に戻った。
二月に入ってもオーディションは書類選考があるものを避けていたので、最近受けられるものが少なかった。
それでも、めぐみは自宅の机の上の中村先生とクラスメイト達の写真を眺めながら、自らを鼓舞していた。
来月には中村先生の3回忌が先生の故郷、韮崎で行われる。

「あ・・・」

めぐみは写真を見ながら、みどり先生の話していた事を思い出した。
中村先生の写真は少ない。告別式や一周忌の際、祭壇に飾られた写真は、みどり先生と撮った唯一の写真だと去年、教えてもらった。それに、中村先生の写真自体が少ないらしい。

自分以外、誰にも見せた事の無かった中村先生の写真を手にとって、みどり先生は淋しくないのかとしばらく考えていた。




♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「もしもし・・・りな?」
「あ、めぐみ。ごめんね、電話もらっていたけどなかなか電話するタイミングが無くて。」
「うん、いいのいいの」
「メール行ったでしょ。」

昨日、中村先生の三回忌の日程の連絡メールで送られてきていた。

「うん」
「バイトの方は大丈夫?」
「うん、今年は春休みの大学生が思った以上にバイトに来てくれたから、ちょっと多いくらい。だから店長と相談して、今の内に新人さんのトレーニングに励んで、私は三回忌の前後はお休みもらうつもり。丁度、ボイトレの先生が海外研修に行くからそっちもお休みなの。」
「じゃあ、ゆっくり出来るね。今年は実家から行くの?家から?」
「うーん、まだ決まってないけど・・・」
「あ、ところでめぐみ、話ってこの事?」
「うーん、中村先生の事は間違いないんだけど・・・」
「あ、めぐみ、直接会って話したほうが良さそうね。明日はバイト?」
「うん」
「何時から?」
「夕方の5時」
「じゃあ、3時くらい時間空いてる?」
「大丈夫。」
「そっちに行くわね。駅でいい?」
「わざわざこっちまで来てくれるの?」
「この時期の大学生は時間が余ってるのよ。だから、コンビニのバイトも一杯集まったんでしょ。」
「そうね。・・・ありがと」
「じゃあ、明日ね。バイバイ」
「バイバイ」

めぐみは電話を切った。あっさりしているりなにはいつも助けられる。





「めぐみ!」

約束の時間ギリギリにりなは現れた。

「待った?」
「全然大丈夫」
「どっか、入ろう」

二人は目の前の喫茶店に入っていった。
めぐみは入ってすぐ、レジの脇にガラス製の冷蔵ケースに入ったケーキがおいしそうに目に入った。
案内されたテーブルにつき、ウェイトレスが水とおしぼりを持って来ると、メニューも開かず、りながすかさず

「ケーキセット!」

と注文する。
めぐみも笑いながら

「私も」
「ケーキとお飲み物を選べますが?」
「私はモンブランとホットコーヒー」
「じゃあ、ミルクレープとミルクティー」

ウェイトレスが去っていくと、二人で笑った。

「やっぱり、目がいっちゃうよね」
「あんなところに置かれたら絶対食べたくなっちゃう」
「お店の経営者も巧いよね。見事に策略に引っかかっちゃった。」

文句を言っているようだが、りなはまんざらでもない表情をしている。


ケーキが運ばれてくるまで他愛も無い話をしていた。
すぐにケーキとお茶が運ばれてきた。

「おいしい!」
「うん」

互いに相手のケーキをちょっとずつもらいながら堪能した。
食べ終わった頃、

「めぐみ。どうしたの?」

優しい表情のりながいた。
もしかしたら、努めて明るくおどけてくれていたのかもしれない。

「去年の一周忌の時にみどり先生から聞いたんだけど、中村先生の写真て一枚しかないらしいの」
「ああ、言っていたわね。祭壇の遺影の写真でしょ。確か、みどり先生と並んで撮った写真だとか・・・」
「うん。」
「その写真がどうしたの?」
「私ね・・・中村先生の写真持ってるんだ」
「え?あの写真?」
「違うの。3年の時の夏休み、練習で集まったけど私のミスで体育館が使われていたから近くの公園で練習したじゃない」
「あーあった、あった。・・・あ、あの時めぐみカメラ持っててみんなで写真撮ったわね。あの時の写真、家探したらどこかにあると思うけど・・・。でも、中村先生写ってた?」
「一人だけの写真。」

めぐみは一口、冷めてきたミルクティーを飲んだ。

「あの頃はもう私たち、中村先生の病気のこと知っていたじゃない。」
「うん、そうだね。」
「私、なんでそんなに強くいられるのかなって、不思議だった。あの日の練習の休憩中、たまたま持っていたカメラでみんなの事を撮っていたけど、中村先生だけぽつんと離れた丘のうえに座ってた。」

りなは黙って聞いている。

「後姿を見て、やっぱり病気のこと・・・死ぬことが怖いのかなとカメラを向けることが出来なかった。なんて言葉をかけていいか分からないまま、そっと横から覗き込んでみたら、先生笑っていた。どう表現していいのか分からないけど、輝いていた。気がついたら黙って最後に残った一枚のフィルムを使って写真を撮っていた。」
「そうだったの・・・」
「先生に黙って撮ったから、何となく渡しづらいまま今まで来ちゃったの。でも、みどり先生すら一枚しか中村先生の写真を一枚しか持ってないのに、私がみどり先生の知らない中村先生の写真を持ってるのもおかしいかなと思って・・・。ねえ、みどり先生に渡したほうがいいかな?写真を撮らなかったのは中村先生の考えだったのかな?それともみどり先生の気持ちだったのかな?」
「私には解らないけど・・・でも、何もしないでずっと悩んでいるより、みどり先生に話そうよ。その方がすっきりするよ。」
「うん。」
「めぐみ、今度みどり先生の家に三回忌の事で行くんだけど・・・一緒に行く?」
「うん、行く。」
「わかった。」

めぐみはちょっと気持ちが楽になった。


駅はこれから電車に乗って家に帰る学生と、電車から降りてきて家へ向う学生たちが交差して混雑していた。
その中には自分の後輩達もいる。
めぐみは懐かしい制服を目で追いかけた。卒業してもうすぐ丸二年になろうとしていた。
めぐみはトートバッグの中を確認した。めぐみしか知らない中村先生の写真がそこにあった。

「めぐみ!」

改札から鈴木りなが出てきた。

「お待たせ。」
「うーうん・・・今日はありがとね。」
「元々、みどり先生とは打ち合わせするつもりだったからいいのよ。」
「さ、行きましょう。」

二人はみどりの実家は初めてだった。
約束していた時間も迫っているし、道も不案内だったので、二人はタクシーを拾った。
住所とみどりに教わった目印を運転手に告げて、10分もしないうちに到着した。



タクシーを降りて、みどりの実家を探すつもりだったが、降りて目の前にある豪邸がそれだとすぐに分かった。栞が以前、泊まった時の事を話してくれたことがある。とても広い家だと聞いていたが、想像以上だった。

念のために表札を確認して呼び鈴を鳴らす。
応答があり、門を開けて中に入った。約束した時間丁度だった。

ドアが開き、中からみどりが現れた。
ふたりはリビングに通される。

香りが鼻をくすぐる紅茶を煎れてくれた。

「みどり先生、お久しぶりです。丁度一年ぶりですね。」
「そうね、去年教会まで来てくれたときは、正直それほど変わったなーとは思わなかったけど、さらに一年経ったら、ふたりともすっかり大人っぽくなったわね。あ、もう成人式迎えたんだから大人なんだよね。」
「先生からみたら、いつまでも私達は子供みたいなもんなんでしょ。」
「子供っていうより・・・やっぱり、教え子というか・・・いつまでも生徒なのよね。」
「ふーん、そっかー。でも、大人っぽくなったと言われるとお世辞でも嬉しいな」
「ふふふ・・・分かるわよ、その気持ち。ところで、ふたりとも元気にしていた?」
「まあまあかな・・・」


りなはまんざらでもない顔をしていた。

「あ!鈴木さん、何かいいことあったわね!」
「わかります?」
「彼氏でもできた?」
「・・・」

りなは否定しないでちょっと下を向いて笑っていた。
めぐみはりなとは頻繁にメールをしたり、電話をしたりしていたが、そんな事聞いていなかった。みどり先生は早速それを見抜いたのか?それにしても後でとっちめよう。そう、めぐみは思った。

「杉田さんは?」

みどりはめぐみの方にも聞いてきた。
めぐみは瞬間色々考えた。つらいこともいっぱいあった。
でも、みどり先生と中村先生が後押しをしてくれたから今、自分は夢を追いかけている。
それはとても幸せなことだ。めぐみは顔を上げて笑った。そして・・・

「毎日、とても楽しいです。」



今度の中村先生の三回忌にはみんなが集まる。
りなが纏めてみんなに連絡をすると言っていたのに、気の短い連中の何人かがみどり先生に直接連絡をしてきたようだ。
みんな、それぞれの人生を歩き始めていても、いつまでも中村先生の教え子だった。

三回忌・・・そしてその前に3Gの生徒達が集まってミニ同窓会の予定も決めた。



「めぐみ・・・。」

りながめぐみを促した。

「う・・・うん。」

めぐみはバッグからフィルムと写真を取り出した。
みどりはそれを手にとって眺めた。

「みどり先生・・・中村先生の写真、一枚しかなかったんですよね。」
「うん。結婚式でも撮らなかったんだ。みんなになんで?って聞かれたんだけど、中村先生が何かを残すことを避けていたんだと思う。その気持ち、私も解る気がして写真は撮らなかった。」

めぐみとりなは、みどりの話を聞いていた。

「中村先生は、残していく私の事を思ってそうしたんだと思う。でも・・・一度、先生倒れたでしょう。あの時、私も動転してね、もしかしたら中村先生このまま目を覚まさないかもしれない。もう、話もできないかもしれない・・・って思ったら、やっぱり写真欲しくなったの。一枚だけおねだりしてふたりで撮ったの。でも、結局いっぱい中村先生は残していったのよね。私にもあなた達にも。」

めぐみは、みどりが手にした中村先生の写真を撮った経緯を話し始めた。
あの日の練習にはみどりも参加していたので、写真の中村先生を興味深げに見ていた。

「ああ、秀雄さん・・・中村先生、とっても嬉しそうな顔している。きっと、この日の練習に大満足しているのね」
「みどり先生、もしよかったら、この写真差し上げます。」

みどりは、にっこり笑って、そして写真とネガをめぐみの方に返した。
めぐみとその横に座るりなも、ちょっと驚いた。なぜ、受け取らないのか?

「ありがとう、杉田さん。鈴木さんもね。でも、その写真はあなたが持っていなさい。私は写真をちゃんと一枚貰っています。そして、その写真はあなたをきっとこれからも励ましてくれるでしょう。秀雄さん・・・中村先生は私だけの中村先生ではありません。3Gのみんなや、お母さん、彼と一緒にすごしたみんなの中村先生なんです。だから独り占めは出来ません。ちょっと残念だけど・・・。ふふふ。」

みどりは屈託の無い笑顔でめぐみに言った。
めぐみは、返された写真とネガフィルムを受け取った。
もしかして、私は余計なことをしたのだろうか・・・。

「でも、杉田さん。今度の3回忌、祭壇に飾る写真はその写真にしましょうか?G組のみんなも集まってくれることだし・・・どう?」
「はい!」

めぐみは嬉しくなった。
みどり先生にも、この写真を知ってもらえてよかったと思えた。

「じゃあ、その写真を引き伸ばさないとね」

りなが冷静に気がついた。

「あ、私がやります。」

めぐみはその場で立ち上がった。

「ふふふ。じゃあ、杉田さんお願いね。」



みどり先生は夕食にお鍋を用意してくれていた。
三人でナベを突付いているうちに、口が段々軽くなってきた。
りななんか、聞いてもいないのに新しく出来た彼氏のことをしゃべり始めた。あとで聞きだすつもりだったが、あれだけ惚気られると、もうご馳走様だった。

「先生、ご馳走様でした。」
「うん、ふたりとも気をつけて帰るのよ。」
「はい。先生、おやすみなさい」
「おやすみなさい。」
「おやすみ」


帰り道は歩いて帰る事にした。
さっきのナベがまだ身体の中でぽっかぽかしていて、暖かい。3月になり、間もなくコートも不要になるだろう。

「りな・・・ありがとね。」
「うん。よかったね。」
「うん。・・・・・・・・でも、彼氏のこと聞いてなかったわよ。」
「ごめん、ごめん。あんまり、べらべら言うの好きじゃないのよ」
「その割には、さっきいっぱい喋っていたわよ。」
「そう?」

りなはとぼけている。
喋っているうちに、駅に到着した。

「りな、今日は私実家に泊まっていくから。」
「そう、じゃあ反対方向だね。」

改札を抜けて、上下線それぞれに向う階段で二人は分かれた。

「じゃあね。来週ね。」
「うん、おやすみ」
「バイバイ」





実家に泊まっためぐみは、家族みんなと朝食を摂った。
父は会社に向かい、弟は相変わらずサッカーだった。
陽輪高校のサッカー部で二年間がんばって来たが受験生の部活は原則禁止のはず・・・。

「まだ、部活してるの」
「うん。夏の大会まで頑張るよ。」

陽輪学園の3年生の部活は禁止という不文律は無くなっていた。
二人を送り出しためぐみは母を手伝い、洗濯をした。

今日のボイスレッスンが終わると先生が海外に行く為にしばらくお休み。
アルバイトもレッスンの前にちょっとだけ入って、明日以降9日間も休みをもらった。
オーディションも予定に入れていないので、めぐみは中村先生の3回忌まで実家で過ごすつもりだった。
母はしばらく娘と過ごせるのを楽しみにしていた。

「お母さん、自転車借りていい?」
「いいわよ。ちょっと空気が少ないかもしれないわよ。」
「うん、じゃあ行ってきます。今日は晩御飯いらないから。眠たくなったら先に寝てて。」
「いってらっしゃい」



空気入れでタイヤの気圧を上げる。
ジーンズ姿のめぐみは颯爽と自転車を漕いだ。
母校のそばを通り、駅のほうへ向う。

そこで小さな写真館を見つけた。
東京で写真の引き伸ばしをしても、しばらくこっちで過ごすので受け取りに行くのが大変だ。
めぐみはここでお願いすることにした。

とても落ち着いた雰囲気の老主人に説明をした。
ネガフィルムを取り出し、該当の部分のチェックをしていた。
その時、ずっと冷静だった老主人が一瞬驚いたのをめぐみは見逃さなかった。
心なしか、声が震えていた。

― どうしたんだろう ―



店を出ためぐみは時計を見て、これなら十分バイトに間に合うなと確認した。
自転車の鍵を外す時、写真館のショーウインドウが目に入った。
七五三の写真や、大家族の写真などが飾られていた。
これらの写真を見て、素人ながらもめぐみは凄くいい写真だと思った。
普通の写真館に飾られている写真は、ちょっとわざとらしいところが感じられる。
でも、ここの写真たちはどれも自然な表情をしていた。

ふと、めぐみはそれらの写真の端っこのほう、他の写真と比べても一際小さな写真が目に入った。
そこには中村先生とみどり先生の写真が飾られていた。

多分、この写真はその中に映っている人物にウインドー内に飾る事の許可を取っていないのかもしれない。
でも、この写真を撮った者には満足な作品になったのであろう。だから、目立たないところにひっそりと飾られている。さっき、ここの主人がネガを見て驚いたのも、そんな理由かもしれない。
そう、この写真館で大好きな中村先生とみどり先生が写真を撮ったのだ。そう、たった一枚の・・・。

めぐみは仲良く並んだ二人に声をかけた。

「いってきます」

中村先生がみつめる視線のような暖かい春の風が吹いていた。
めぐみはペダルを漕いだ。

その先に必ず、夢がつかめると思って。


あくる日、完全にオフとなっためぐみは、自転車を漕いで写真館へ向った。
店に入る前に、ショーウインドウの中の中村先生に挨拶した。

店に入ると、老主人が昨日同様に身だしなみも綺麗に迎えてくれた。
心なしか、めぐみの来店を心待ちしているように見える。

めぐみは大きく引き伸ばした写真を受け取り、料金を支払った。
店を出ようとして、めぐみは振り向いた。

「あの・・・」
「はい。なんでしょうか?」

めぐみは店内にある、写真立てやパネルなどを見ながら店主に聞いてみた。

「この写真、何かパネルに入れたいのですが」
「はい。その方がいいですよ。」
「え?」
「あ・・・いや、・・・大切な写真はちゃんと保護したほうがいいですよ。」
「はい。」
「では、ご一緒に見繕いましょう。」







横浜組と東京組に分かれて、元3Gの生徒達は韮崎に向った。
駅前の風景は去年と変わり無かった。
ただ、去年と違うのは今年はみどり先生と一緒に同窓会をしようと決めていた。
生徒達はまっすぐに教会を目指した。


教会に到着すると、外で理事長や教頭先生、麗子先生、赤井先生が迎えてくれた。

「みんな、よく来たわね。」
「先生!こんにちは」
「元気そうね」
「はい」

その時、車が一台は入ってきた。車を駐車場に停める。
運転席から降りてきたのは岡田先生だった。
よく、見ると助手席に女の人が乗っていた。
岡田先生は何かその女性に声をかけて降りてきた。
車を降りて、こちらに向ってくる。
視線を浴びているのに気がついたらしく、ちょっと照れている。

「岡田先生・・・」
「え?な・・・何?」
「あの、助手席の女の人、車に残しておいていいんですか?」
「う・・・うん。大丈夫。」
「先生?もしかして、彼女出来たの!」

岡田が返事に窮していると、教会から久保先生が出てきた。

「付き合って、三ヶ月くらいかな?」
「く、久保先生、何で知っているんですか?」
「え?見てリャ分かるよ。」
「そんな・・・」

岡田先生は周りの先生方を見回したが、みなニッコリしている。

「みんな知ってたんだ。」

それを見ていた麗子が韮崎の・・・秀雄の故郷の空を見ながら呟いた。

「春よね~」


「あ、杉田。みどり先生が待ってるぞ。」
「いけない!」

めぐみは慌てて教会の中に入っていった。

「みどり先生」
「あ、杉田さん」
「お待たせしました。」

めぐみは献花台の前まで進んでいった。
献花台の奥には祭壇が用意され、みどり先生が横に立っていた。
たくさんの花が飾られていた。そして中央には空間があった。
めぐみは肩から提げていた大きなバッグからそれを取り出した。
包んでいた布を解くと、木製のパネルに収められていた、中村先生の大きな写真が出てきた。
いつものセーターにネクタイ姿の中村先生はとても穏やかな顔をしていた。

「うん。いい顔してる」

みどりは正面に立って写真を眺めながら言った。


外にいたG組のみんなと先生方も中に入ってきた。
隆行が奥の部屋の方に神父を呼びに行った。

そして、中村先生の3回忌が執り行われた。

順番に献花していった。
赤井先生は今日もジャージだった。
勿論、岡田先生の彼女にも一緒に参列してもらった。


めぐみは椅子に座りながら、祭壇の真ん中の恩師を見ていた。
夢は諦めていなかった。諦めるつもりもなかった。
私の夢、先生の夢、みんなの夢。
そう、考えていると暖かい目で見つめられているような気がした。
めぐみは思わず振り向いた。
円形のステンドグラス越しに、色鮮やかな柔らかい光が注いでいた。




3回忌は無事に終わって、同窓会となった。
明日仕事がある先生方もいるので、時間があまり無い。
幹事役のりなはどうしようかと悩んでいたら、神父さんが教会の別棟の研修室を利用すれば良いと申し出てくれた。その言葉に甘えることにした。
ケータリング料理を予め頼んでおいて、昼食をとりながら談笑が始まった。


思い出話をしていると、めぐみが用意した写真の話しに及んだ。
あの夏の日の合唱の練習の話しになり、話は尽きなかった。

食事も終わり、研修室は元通りに片付けられた。
雅人と守が中村先生が最後まで精一杯生き抜いたことについて話をしていた。
それが耳に入った、みどり先生が喋りだした。

「中村先生ね、1月の健康診断で余命一年て宣告されたの。それでね、丁度一年後にその宣告したお医者さんつかまえて、先生の予想外れましたねって言ったの。笑ってた。中村先生はね、その前も、そして、その日以降は特にだと思うんだけど、朝を迎えると、今日はもしかしたら最後の一日かもしれないって思いながら懸命に生きていたんだと思う。中村先生の場合、病気だったから、大体自分がどれだけ生きられるか知っていたけど、私たちだって、いつ、何があるか分からないわね。だから、一日一日を大切にしようと思っている。中村先生に教えてもらった。」

みんな、みどり先生の言葉を聞いていた。

「今日か、明日が最後の一日だったら・・・どうするかな?」

愛華が呟いた。
それを聞いたみどり先生が話しかけてきた。

「ねえ・・・もし、自分の命があと24時間しか残されていなかったら、みんなはどうする?」

みどりの質問にみんな一瞬驚いた。
めぐみは、そんなこと今まで考えたことも無かった。
どうするんだろう・・・。


みんな考え始めた。
久保先生が、話し出した。

「取りあえず、掃除でもするかな」

皆、なんでだろうと思った。

「そういえば、久保先生の車に何度か乗せてもらいましたけど・・・あ、こんな事言っていいのかな・・・」
「汚かったでしょ。でも、みどり先生が乗るから、あれでも綺麗にしたほうなんだよ」

生徒達は驚いていた。久保先生なら、普段から車を綺麗にしているのかと思っていた。
久保先生は『立つ鳥跡を濁さず』ということ、そんなときだからこそ、落ち着くことを話してくれた。
みんな、それには深く頷いた。

麗子先生は「イタリアに行きたい。ブラッドピットかベッカムとデートがしたい」とも言い出した。
それはそれで麗子先生らしかった。とにかく最期まで悔いが残らないようにしたい。
麗子先生は正直だった。

岡田先生はおばあちゃんに会いに行くという。
幼い頃からおばあちゃんに可愛がられていた岡田先生は、最期にもう一度会いに行くと言う。

「おばあちゃんに、死んじゃう事話すの?」

と聞いたら、

「そんな事したらおばあちゃんの方が先に死んじゃうよ」

と優しい表情で言っていた。
一緒に食事にも誘われた岡田先生の彼女が隣で優しく微笑んでいた。
最期の時くらい、恋人のそばに居なくていいの?と私は思ったが、やぱり大人の女性は寛大で、私はまだ子供なのか?

赤井先生はお父さんが亡くなられたときの話をしてくれた。
お父さんは奥さんに支えられながら窓の外の雪を眺めているうちに静かに旅立ったそうだ。

やっぱり、最期の24時間なら大切な人と過ごしたいのかな・・・
めぐみはまだ考えていた。

卒業生たちも話し出した。

吉田君は普段通りに過ごすと言う。
あと24時間だとわかっても、普通に「行ってきます」と言って大学に通い、帰ってきてみんなで晩御飯を食べて過ごすという。

守は映画を撮りたいという。
24時間しかないんだから映画など撮れるはずがないと皆言ったが、それでも何か足跡を残したいと言う。

雅人は大切な人をバイクに乗せて、海べりを走りたいという。
ちらっと萌の方を見たのを見逃さなかった。
本当にこの二人は仲がいい。クラスで一番初めに結婚するかもしれないなと思った。
雅人が話を続けた。

「でも、まずは免許を取らないと・・・」

え?すっかり免許を持っているものだと思っていた。みんなで笑い出した。

萌は海に潜っていたいという。
24時間は潜っていられないけど。でも、深い海の中なら、死の恐怖を忘れる事が出来るのかもしれない。
海には雅人がバイクで連れてってくれるだろう。萌はそんな顔をしていた。

りなは転校していった仲のよかった友達に会いたいという。
愛華は好きなだけ買い物をしたいという。

そして、私に視線が集まった。
最初は何をしようか考えていたが、すっかりみんなの意見を聞き入っていた。
え?え?何をするんだろう・・・、まず頭によぎった事が口をついた。

「好きなだけ、おそば食べたい・・・なめこおろしそば」

沈黙の後、みんな笑った。

「わかるわかる。そうよね。」

みどり先生や女子達は納得してくれた。
バイト先のコンビニの近くに富士そばがある。
めぐみはアイドル歌手志望ではなかったので食事制限をしていたわけじゃない。
でも、年頃の女の子だ。バイトの時間がまちまちで食事の時間も決まっていない。
少し気を緩めるとすぐにふっくらしてしまう。周りから見れば大した違いじゃないが、女の子にとっては大きな問題だった。
だから、バイトが終わって自転車をこぎながら富士そばのショーウインドウを眺めると、つい見入ってしまう。
特になめこおろしそばが、目に入りやすいところにあり、深く印象に残ってしまった。




みどりと、優しい微笑を浮かべた秀雄はみんなの話を聞いていた。
みんなそれぞれ、違う答えを出してきた。
高校2年生の頃のまま、卒業し、大学に行っていたら、こんな質問に対して何にも答えられなかったかもしれない。
でも、3Gの卒業生達は思い出深い高校時代を過ごし、今でもその教えを心にしまいながら過ごしている。
だから、こんなとっぴな質問に対しても、それぞれ意見を言えるようになったのだ。


こうして、中村先生の3回忌と同窓会が終わった。
祭壇に飾られていた中村先生の大きな写真はめぐみに返された。

アパートに戻っためぐみはパネルを衣装BOXの上に立てかけた。
歌手への夢を改めて誓うめぐみだった。






オーディションも受けるが、なかなか結果が出なかった。
月日は容赦なく過ぎて、季節は秋になっていた。

ボイストレーニングが終わり、挨拶をして帰ろうとすると先生がめぐみに話しかけてきた。

「杉田さん、今日ちょっと時間ある?君の進路の事で話があるんだけど」
「はい・・・」

先生に言われてミーティングルームで待っていた。
先生はさっきすれ違った若い女の子のトレーニングをしていた。
そのトレーニングが終了次第やってくる。
この後、バイトが入っているめぐみは、ギリギリだな・・・と思っていた。
壁の時計を見て、めぐみは携帯電話を取り出し、店に電話をした。
ちょっと遅れるかもしれませんと伝えたら、奥さんは大丈夫よと言ってくれた。
安心した直後に先生が入ってきた。

信頼する先生が進路の大切なことで話があるというから、待っていたが、先生の口から出たのはグラビアアイドルとして誘いが来ているといった内容だった。

アイドルとして歌手デビュー直前の子もここで先生のレッスンを受けている。
その子の事務所の人間が付き添いでここに来ているので、毎日のように顔を出すめぐみに注目したようだ。

先生は頭をかきながらタレントから歌手になれる可能性もあるよと言ってくれる。
その様子を見ても、どうやら先生も、この話には熱心ではないらしい。
めぐみは迷うことなく断った。せっかくのお話だけど、中村先生と誓った夢だからこんなことはいけないと思った。
業界に顔も利く先生に申し訳ないのでどうやって説明しようかと思っていたら、案外あっさりと先生は書類を引き下げた。

深々と頭を下げて部屋を出るめぐみに先生は

「杉田さん、一緒に頑張りましょう」

と声をかけた。

「はい」

と力強く答えためぐみは急いでバイト先へと向った。まだ、予定通りの時間に間に合うかもしれない。



部屋に残った、ボイトレの先生は事務所からの書類を一瞥した後、丸めて部屋の隅のゴミ箱に投げ入れた。
飲みかけのペットボトルのお茶を一口飲んで、手元のクリアファイルからもう一枚A4の書類を出した。

"ニューフェイスコンテスト" 大手レコード会社が主催するもの

非常に大きなオーディションで実力派歌手が毎年デビューするきっかけとなっている。
このレコード会社との付き合いは長く、彼は推薦枠を一人持っていた。
彼の推薦状を使えば、書類・一次・二次選抜予選を飛ばして、メディアが集まってくる本選に直接参戦できる。
満足そうな笑みを浮かべて、彼は自らな名をサインする。
用紙には既にめぐみの名前が書かれていた。彼はもうめぐみを推すつもりでいたが、その時同時にタレントとしての誘いがめぐみにきた。
もう一度、めぐみの決意を確認する為に今日、めぐみと話をしたのだった。
署名を終えた先生は封筒にそれをしまい、ミーティングルームを出た。




推薦状がレコード会社に送った翌日、オーディション担当者から本選の要項を郵送しましたと連絡が来た。
推薦状を自ら投函して三日後にはそれが届いた。それ程、このボイトレのコーチはこの業界で信用を得ていたのだ。


時間を確認して、次のコマが杉田めぐみだと確認した彼は届いたばかりの書類を脇に抱えてレッスン室にむかった。
めぐみが高校を卒業して2年半。大きく動き出す時が来た。


「杉田さん、レッスンを始める前にちょっといいかな」
「はい」
「あ、座って」

めぐみはボイトレの先生に促されるまま、横に立てかけてあったパイプ椅子を広げて座った。

「杉田さん、あなたは熱心にボイストレーニングをしてきました。着実に技術は上がっています。」

めぐみは黙って聞いていた。

「あなたは、オーディションを受け続けているそうですが、なかなかいい巡り合わせが無いみたいですね。歌手としてデビューをしても十分やっていける力はあると思う。でも、オーディションをかなり絞って受けているみたいだね」

めぐみは先日、トレーナーから紹介されたタレントになる話を思い出した。
もしかして、その件で先生に迷惑がかかったのかも・・・


「それでね・・・」

先生はピアノの上に置いてある封筒をめぐみに差し出した。
めぐみはそれを受け取る。

「開けてみなさい」

めぐみは封筒からクリップで留めた書類の束を取り出し、封筒の上に重ねた。

『第22回 フレッシュコンクール 決勝大会』

と見出しに書かれている書類には来月の中旬に行われる大会の日程や集合場所、審査内容などが事細かく書かれていた。
二枚目の審査順の欄を見てみると、12番目に自分の名前が書かれていた。

「え・・・?これ・・・」
「僕の方で勝手に推薦して、勝手に登録しておいたから」
「これ、決勝になってますよ」
「ああ。一応、僕も委員の一人でね、推薦枠を持っているんだよ。でも、審査員じゃないからね、ゴマすっても意味無いよ」

と言って先生は笑った。

「はい」

やっとめぐみも笑った。

「じゃあ、後でその書類はじっくり目を通しておいてね。それではレッスンを始めましょう」
「はい」

めぐみはパイプ椅子を片付け、レッスンを開始した。








めぐみはバイトを終えて家に帰ると真っ先に書類を読み始めた。
このコンテストは知っていた。
ボイスレッスンスクールの待合室の掲示板にもオーディションのポスターが貼られていたのを覚えていた。
このコンテストはとても大きな大会で書類選考があった。
ちょっと前に気になった事を引きずって、書類選考のあるオーディションは避けていた。


でも、これは滅多にないチャンスだった。
書類を見る限り、20人のうち1人は確実にメジャーデビュー出来る。
過去のコンテストでは2位、3位だったけれどもデビューを果たした歌手がたくさんいた。

めぐみは大きく引き伸ばした中村先生の顔を見た。
夢を追いかけて3度目の秋を迎えていた。
このチャンスはなんとかしたかった。
約束を果たしたかった。








めぐみはボイトレに力を入れた。
審査の時に歌う曲はオリジナルでも誰かの曲でも構わなかった。
めぐみは10年くらい前に大ヒットしたバラードを選んだ。



「ちょっと休憩にしようか」
「はい」

めぐみは用意していたペットボトルに入ったミネラルウォーターを一口含んだ。
必死の形相のめぐみを見て、ボイトレの先生はちょっと首を傾げた。
自分も水を飲んで、めぐみに声をかける。

「杉田さん」
「はい」
「ここのところ、気合入っているね」
「はい。どうしても、せっかく頂いたチャンスですし、どうしても歌手になりたいんです」
「うん・・・そうだね。でも・・・最近の杉田さん、歌っていても楽しそうに見えないな」
「え?」
「ずっと君とレッスンしてきたけど、君はいつも楽しそうに歌っていた。歌が本当に好きなんだなって思った。でも・・・僕が推薦してからちょっと変わったかな」

めぐみはその言葉に驚いた。
毎日、毎日今度のコンテストの事を考えていた。
それしか考えられず、バイトもなんとなくこなしていた。
来月以降のオーディションの案内も来ていたが、全く目に入らなかった。
中村先生との約束が果たせるかもしれないと思った。

その日のレッスンは終わった。







次の日はレッスンもバイトも休みだった。
めぐみは春以来久しぶりに実家に帰った。

ちょっと硬い表情のめぐみに母親は驚いたが、母自身もこの数年でめぐみのやりたいようにさせようと肝が据わっていた。
おそらく、自らの道に悩んでいるのだろうと思い、どうしたの?などと声はかけずにいつもと同じように接した。






秋も深まり、空は高く、どこまでも澄んでいた。

「お母さん、ちょっと行ってくる」

と言って家を出かけた。
自転車には乗らずに、ふらっと歩き出した。

なかなか今度のコンテストのことが頭から離れない。気が休まらなかった。

ふと気がつくと、めぐみは陽輪学園への通学路を歩いていた。
無意識の内に母校の校門の前にいた。
今日は土曜日で後輩達はとっくに下校したようだ。

― 私、何してるんだろう ―

そう思って、めぐみは今来た道を戻った。
角を曲がるときにもう一度、振り返った。
秋空に包まれた懐かしい屋上が目に入った。

めぐみはもう一度校門へ歩き出した。

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CYPRESS

ふ、富士そば?
現実感有り過ぎ(笑)。
maeboo.さんの食生活の一部が垣間見える(笑)?

個人的には、最近、『ごんぶと』にスーパーのかき揚げを入れたのが、お手軽、味満足。
by CYPRESS (2010-12-26 17:23) 

maeboo.

CYPRESSさん、こんばんは

営業車で外回りをしていると、車を停めにくい外食産業にはあまり寄れず、立ち食いそばというか、駅そばは最近寄らなくなりました。

一番好きな駅そばはと聞かれたら、「箱根そば」
今でもあるのかな?

富士そばさんは綾瀬はるかさんのお話からこの作品に登場させました。

2003年7月7日に放映されたSMAP×SMAP特別編「僕とあなたの生きる道 ~oneday~」

撮影が終わってから4カ月後に出演者が再会。
矢田亜希子さんが
「もし、自分の命があと24時間しか残されていなかったらあなたはどうしますか?」
と質問していきます。

綾瀬はるかさんの答えが

「美味しい物を沢山食べる」
「なめこおろしそば」
「富士そばの!」

と答えていました。
気になるお年頃でしたからね。
by maeboo. (2010-12-26 20:16) 

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