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PHOTO [書斎の本棚]

二次小説です。



以前より公開している作品、「春風と共に」に関連している作品です。




PHOTO
引越し前夜。

押入れの奥から思わぬものが飛び出してきた。
箱に収められた、ビデオカメラ。
秀雄がビデオ日記に使っていたものだった。

余命を知り、生きた証を残しているのか、確かめる為にと秀雄は言っていた。
秀雄はその歩いてきた道に足跡を残していると確信した時にビデオ日記をつけることをやめた。
もうつける必要は無いと、箱にしまい、それっきり今まで取り出すことは無かったのだ。


そのビデオカメラには撮りかけのテープが入ったままだった。
在りし日の秀雄の姿が映っているだろうし、声も録音されているだろう。
バッテリーは残っているか分からない。
もし、バッテリーが残っていれば、あの日のようにつまみを再生の位置に持っていけば、それを観ることが出来る。



既に半分以上の荷物を運び出していた。
殺風景に見える部屋は、初めて秀雄の部屋を訪れた時の印象に近かった。
思い出が沢山乗っかった、小さなテーブルは部屋の真中にまだあった。
その上にテープを乗せて、みどりはしばらく考えた。



みどりは秀雄の故郷に押しかけた時を思い出していた。
秀雄は自らの状況を鑑み、みどりとの結婚を、いや交際さえも拒否していた。
秀雄の気持ちが痛かった。

明るく振舞うみどりはおどけたように秀雄の故郷を駆け回った。
桜並木を歩くと、見通しのよい場所から山々が綺麗に見えた。

みどりは強引に二人並んで写真を撮ろうとした。
通りかかった地元の主婦を捉まえて、カメラを渡し、その山々を背景に写真を撮った。

カメラに精通していないみどりさえ使っていた、オートフォーカスのカメラだった。
普通にシャッターを切れば、ある程度の写真は撮れる。

だが、現像して手元に来た写真を見て驚いた。
遠く山々にピントがあった写真は手前でにこやかに笑うみどりとぎこちない笑顔の秀雄にはピントがあっていなかったのだ。
見事なピンボケ写真だった。
今、考えたら、その後の秀雄の言葉を暗示していたのかもしれない。



二人は結婚式の時さえ、写真を撮らなかった。
ビデオ日記も秀雄は元々人に見せるつもりは無かった。
残すつもりは無かった。


写真やテープを残さないというのも、残していくみどりが歩んでいく人生が、秀雄と写真達によって縛られる事を懸念していたのだ。
でも、みどりは麗子先生にも相談したとおり、秀雄と一緒に過ごした「形」が何も無い事に戸惑っていたのだ。


結婚してから暫くして秀雄は一度意識を失い倒れた。
みどりの祈りと、教え子達の歌声で秀雄は意識を取り戻した。

みどりは秀雄の気持ちも分かるが、どうしても湧き上がる気持ち、いや、不安を抑えることが出来なかった。
みどりは一枚だけでいいからと写真をねだった。
秀雄はみどりの言葉に素直に頷いた。


秀雄は心の中でこれが遺影になると思いつつ、穏やかな表情で写真館のカメラの前にいた。
その横にみどりが寄り添っていた。
みどりはもうどんなことにも揺るがない覚悟を決めた。
秀雄をどんな時でも支えるつもりだ。
二人は生きる覚悟とやがて訪れる永遠の別れへの準備を始めた。



みどりはテーブルの上のテープから視線を移すと、秀雄と目が合った。
あの時二人で撮った唯一の写真だ。

みどりはテープを拾い上げ、台所に置いてある処分品が沢山詰められたビニール袋に入れた。



秀雄が旅立った直後は、秀雄と生きた証が「形」として必要だった。
写真立ての中の秀雄はみどりを支えてきた。

でも、こうしてこのアパートを離れ、中村みどりとして教壇に立とうとするみどりはしっかりと自らの道を歩いていた。

写真はこの一枚以外に無い。
でも、50年分愛し合うと約束した二人の生活は短くとも中味の詰まった毎日だった。
みどりのまぶたはシャッターであり、心にたくさんの時々が刻み込まれていた。

一枚の写真はこの数年で少しずつ色あせてきた。
だが、みどりの心に刻まれた秀雄はいつまでも色鮮やかにある。
みどりは秀雄をもう一度見て、笑顔で頷いた。
秀雄も笑ってくれている。
今日はその心の中の写真を抱いて眠ろう。

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