夏の日 [書斎の本棚]
二次小説です。
この作品は「証(あかし)」や「Our Dream Come True(3)」
などにも登場する、中村先生の写真にクローズアップしています。
夏の日
今年は冷夏だと言われたが、8月になるとやっぱり暑い日が続いた。
職員室にもクーラーが入れられたが、経費節減と口癖のように言う教頭の指示で冷え過ぎということはなかった。
だが、それは古田がクーラーがあまり得意でない秀雄の体調を考えての事だと、他の教師たちも知っていた。
誰も文句一つ言わず、デスクワークに励んでいた。
時計を見ると、間もなく10時だった。
「中村先生、そろそろ行きましょうか」
「はい、そうしましょう」
二人は立ち上がった。
「教頭先生、じゃあ、ちょっと行って来ます」
「うん。いってらっしゃい」
古田に許可を得て、二人は職員室を出た。
今日は、合唱の練習日。
生徒達は夏休みの真っ最中だが、自宅での勉強や夏期講習の合間を縫って、多くの生徒達が参加していた。
大学には進学をせず、歌手を目指す為に音楽専門学校に進む事を決めた杉田めぐみは、自らまとめ役を買って出て、一人でも多くの生徒が参加出来る様に、みんなの予定を聞き、日時を調整していた。
めぐみの申し出と献身的な行動に他の生徒達も触発され、みんな協力的だった。
男子は一応、守がまとめ役と決められた。
守は大学受験が迫っていた。
周りに推されて仕方なく引き受けたが、口で言うほど嫌がっていなかった。
男子の中では一番初めに合唱に参加した自負はある。
それにめぐみには借りがあった。
そして、何より合唱が好きだった。
このように、他のクラスの生徒から見れば、G組の連中は何をやっているんだ?と思われていたが、夏休みに入っても、週2回のペースで合唱の練習は行われていた。
今日はなんとクラス全員が参加するらしい。
秀雄とみどりは屋上へと続く螺旋階段を昇り、体育館に入った。
ドアを開けた瞬間、めぐみが秀雄の胸にぶつかってきた。
さらに、めぐみにりなが追突した。
めぐみはぶつかった相手が秀雄だと知り、謝るより身体が大丈夫か心配した。
秀雄の後ろのみどりもびっくりしていた。
暑い日が続き、食欲が減ってきた秀雄だったが、やはり若い男性である。
驚きながらも、めぐみをしっかり受け止めていた。
「先生、大丈夫?」
「はい。・・・どうしたんですか、杉田さん、鈴木さん」
「あ、ごめんなさい・・・あ、あの・・・」
「どうしたの?」
みどりも事態が飲み込めず、めぐみとりなに聞いた。
その返事を聞く前に、二人の後ろ、体育館の方から色んな声や音を聞こえてきた。
バスケットボールが床に突かれる、大きな、そして沢山の音が耳に飛び込んできた。
「先生、私、講堂の使用許可、間違えちゃったかもしれません」
講堂では、陽輪学園のバスケットボール部のユニフォーム姿と、どうやら他校のユニフォーム姿が練習をしていた。
雰囲気から、おそらくこれから試合が始まりそうだと感じ取った。
今度は螺旋階段の下から、にぎやかな声と足音が聞えてきた。
先頭に守と雅人。萌や愛華達も続いてきた。
講堂の入口に立っている秀雄とみどり、そしてめぐみとりなを見つけて、守は不思議がった。
「何してるの?そんなところで」
「え・・・」
事態を今理解したばかりの秀雄は一瞬、返答に困ってしまった。
みどりはめぐみとりなを講堂から出るように促し、ドアを閉めた。
生徒達は続々と階段を上がってくる。階段の上部は生徒達でいっぱいになった。
「みなさん、一旦教室に行ってもらえますか?」
「えー」
「どうしたの?」
と、生徒達は不思議に思いつつ階段を降りていった。
みどりは落ち込むめぐみとりなの肩を押して、先に階段を降ろさせた。
「中村先生・・・」
みどりは秀雄を見た。
合唱の練習が出来ないことより、責任を感じているめぐみの方が心配だった。
「はい。僕に考えがあります」
秀雄は、みどりに笑って見せた。
一番最後に教室に入った秀雄とみどりは、トボトボと机の間を歩き、めぐみがやっと自分の席につくのを見てから、笑って声をかけた。
「みなさん、以前から考えていた練習方法があるんですが、それをするのは出来れば全員揃った時にと考えていました。今日は夏休みが始まってから初めて全員揃いました。そこで提案です。今日はその練習をしてみましょう」
「え?どんな練習ですか?」
秀雄の真ん前に座る均が顔を上げて聞いた。
「みなさんはいつも講堂で練習をしています。でも天井が丸いでしょう。結構声が響くんですよね。みなさん、お風呂で歌を歌うと上手くなった気がしませんか?あの講堂ではそれに近いことが起きているんですよ」
「へ~」
「先生、どんな練習をするんですか?」
栞が聞いた。
「実は皆さん、一度だけその練習をしているんです。・・・・・・病院の窓の下で皆さん歌ってくれましたね、僕が入院した時です。外で歌うんです」
生徒達はあの日を思い出し、眼の前の秀雄を見た。
「先生、その練習、僕だけ参加していません」
均が手を挙げて言った。
「そうでしたね。じゃあ、今日は全員、外で合唱をします。ちゃんとお腹から声を出さないと、合唱になりませんよ」
「はい」
均が、みんなが輝いた表情で返事をした。
「で、どこで練習するの?」
「グラウンド?」
生徒達が言う。
それを聞いてみどりが言った。
「みんな、折角だから景色のいい所で歌わない?学校を出て駅に向かう途中にある、公園・・・清水ヶ丘公園・・・みんな知ってるわよね。そこにしない」
「いいねぁ。気持ち良さそうだ」
「でも、外で恥ずかしくない?」
「大丈夫、そんなに人は来ないよ」
「時間が無いから、行こうぜ行こうぜ」
守と雅人が立ち上がった。
それにつられて生徒達も立ち上がる。
めぐみも秀雄の方を見ながら立ち上がった。
秀雄は笑って頷く。
生徒達は全員、下駄箱の方へ向かった。
「中村先生、先に行ってください。すぐに行きますから」
「はい。分かりました」
秀雄は理由は聞かなかった。みどりには何か考えがあると思っていた。
「あら、学校のそばにこんな眺めのいい公園があったんだ」
栞が言った。
栞をはじめバス通学をしている生徒達はなかなかこの公園に立ち寄る事はなかった。
クラスの中で最も自宅が学校に近いりなは、この公園に毎日のように来ていた。
飼い犬の散歩のルートであった。
そして、秀雄と距離を縮めた場所でもあった。
「じゃあ、皆さん。練習を始めましょう。どこに並びましょうか・・・。景色のいい方を見て歌いましょう」
生徒達は町を一望できる傾斜の上に立った。
そばには大きな木が立っている。
「あれ?みどり先生は?」
「みどり先生はちょっと用事があって、後から来ます」
「でも、みどり先生が来ても、ピアノが無いから伴奏できないよ」
「あ、そうだそうだ」
そんな生徒達の前に秀雄は立った。
秀雄は両手をさっと挙げる。
「あ!」
「危ない!」
秀雄はバランスを崩して、斜面に倒れそうになった。
眼の前のめぐみやりな達が慌てて手を伸ばし、引き寄せた。
「あ、ありがとうございます」
「先生、危ないよ」
「みんな、ちょっとずつ下がって」
守の声に皆従って、二歩ずつ後ろに下がった。
これで、秀雄はまっ平らな場所に立つ事が出来た。
秀雄は改めて指揮を始めた。
3Gの生徒達ののばらが、夏の日差しの中に広がった。
生徒達は気持ちよく歌い続けた。
ピアノの伴奏は無かったけど、全く気にならなかった。
秀雄の手が止まる。
満足出来る、内容だった。
そもそも、体育館だと響くから・・・なんて、後からつけた適当な理由だった。
確かに合唱コンクールの本大会に進めるかどうか微妙な技術だったが、合唱を始めて間もない生徒達ばかりだが確実に成長していた。進歩していた。
めぐみが笑っていた。
場所取りでちょっと責任を感じていたようだが、広い場所で歌っている時の表情は気持ち良さそうだった。
合唱に最後に参加してきた均も、明るい表情で歌っていた。
一人合唱の列に参加できなかった秀雄の入院の時のこと、教室では冗談めいて言っていたが、まだ気にしているのかもしれない。
でも、秀雄の知らなかった均本来の明るさが顔を出してきた。
秀雄たちはのばらを2度繰り返して歌った。
直上を目指す太陽は少しずつ力を増してきた。
「じゃあ、ちょっと休憩にしましょう。出来るだけ、日陰に入ってください。トイレはあっちの建物の中にありますからね。あ、冷水機もありますから水分も補給してください」
秀雄はテキパキと指示を与えた。
トイレと水を飲みに行った生徒以外、殆どが大きな木が作り出す、日陰の中にいた。
めぐみはポケットに入っていた、レンズつきフィルムでみんなの写真を撮った。
愛華や萌はピースをしている。
あと、一枚だけフィルムが残った。
みると、町の方をじっと眺めている中村先生が目に入った。
めぐみは回りこみ、声をかけようとした。
が、めぐみは一瞬言葉を飲み込んだ。
秀雄の表情がとても穏やかだった。
いつの頃からか、秀雄が何か変わったのにめぐみは気がついていた。
そして、その理由の一つが病気だとも知った。
それ以来、秀雄の穏やかな表情は何度か見ていた。
でも、今日の表情はもっともっと穏やかに見えた。
めぐみは、声をかけることは出来なかったが、レンズを向けて静かにシャッターを切った。
「あ、みどり先生!」
傾斜の上の方でそんな声が聞えた。
秀雄も振り向いていた。
めぐみも気をつけて斜面を上がって行った。
みどりはピアニカを持っていた。
「あー、それ!」
「ふふふ。借りてきちゃった。音楽の先生、お休みだったから教頭先生にお願いしちゃった」
「ははは」
みどりは、めぐみを見つけて近寄ってきた。
みんなに聞えない程度の声でめぐみに話しかけた。
「杉田さん」
「はい」
「赤井先生、謝っていたわ」
「え?」
「施設使用許可のノート。一緒に確認したら、バスケットの試合が書かれていた今日のページ。そこに杉田さんの書いた使用許可書も挟まれていたの。それを見つけて、赤井先生思い出したの、日程が重なっていたことを。赤井先生、他校との交流試合だから、めぐみさんに日程の変更が出来ないか相談しようと思っていたけど、忘れていたそうよ」
「そうだったんだ」
「ごめんなさいね」
「みどり先生が謝る事じゃないですよ。それに、今日この時間だからみんな集まれたんだし、とってもいい練習になったし」
「そう。じゃあ、もう少し頑張ろうか」
「はい」
「中村先生、練習始めましょう!」
みどりがピアニカを掲げて秀雄を促した。
「はい」
この作品は「証(あかし)」や「Our Dream Come True(3)」
などにも登場する、中村先生の写真にクローズアップしています。
夏の日
今年は冷夏だと言われたが、8月になるとやっぱり暑い日が続いた。
職員室にもクーラーが入れられたが、経費節減と口癖のように言う教頭の指示で冷え過ぎということはなかった。
だが、それは古田がクーラーがあまり得意でない秀雄の体調を考えての事だと、他の教師たちも知っていた。
誰も文句一つ言わず、デスクワークに励んでいた。
時計を見ると、間もなく10時だった。
「中村先生、そろそろ行きましょうか」
「はい、そうしましょう」
二人は立ち上がった。
「教頭先生、じゃあ、ちょっと行って来ます」
「うん。いってらっしゃい」
古田に許可を得て、二人は職員室を出た。
今日は、合唱の練習日。
生徒達は夏休みの真っ最中だが、自宅での勉強や夏期講習の合間を縫って、多くの生徒達が参加していた。
大学には進学をせず、歌手を目指す為に音楽専門学校に進む事を決めた杉田めぐみは、自らまとめ役を買って出て、一人でも多くの生徒が参加出来る様に、みんなの予定を聞き、日時を調整していた。
めぐみの申し出と献身的な行動に他の生徒達も触発され、みんな協力的だった。
男子は一応、守がまとめ役と決められた。
守は大学受験が迫っていた。
周りに推されて仕方なく引き受けたが、口で言うほど嫌がっていなかった。
男子の中では一番初めに合唱に参加した自負はある。
それにめぐみには借りがあった。
そして、何より合唱が好きだった。
このように、他のクラスの生徒から見れば、G組の連中は何をやっているんだ?と思われていたが、夏休みに入っても、週2回のペースで合唱の練習は行われていた。
今日はなんとクラス全員が参加するらしい。
秀雄とみどりは屋上へと続く螺旋階段を昇り、体育館に入った。
ドアを開けた瞬間、めぐみが秀雄の胸にぶつかってきた。
さらに、めぐみにりなが追突した。
めぐみはぶつかった相手が秀雄だと知り、謝るより身体が大丈夫か心配した。
秀雄の後ろのみどりもびっくりしていた。
暑い日が続き、食欲が減ってきた秀雄だったが、やはり若い男性である。
驚きながらも、めぐみをしっかり受け止めていた。
「先生、大丈夫?」
「はい。・・・どうしたんですか、杉田さん、鈴木さん」
「あ、ごめんなさい・・・あ、あの・・・」
「どうしたの?」
みどりも事態が飲み込めず、めぐみとりなに聞いた。
その返事を聞く前に、二人の後ろ、体育館の方から色んな声や音を聞こえてきた。
バスケットボールが床に突かれる、大きな、そして沢山の音が耳に飛び込んできた。
「先生、私、講堂の使用許可、間違えちゃったかもしれません」
講堂では、陽輪学園のバスケットボール部のユニフォーム姿と、どうやら他校のユニフォーム姿が練習をしていた。
雰囲気から、おそらくこれから試合が始まりそうだと感じ取った。
今度は螺旋階段の下から、にぎやかな声と足音が聞えてきた。
先頭に守と雅人。萌や愛華達も続いてきた。
講堂の入口に立っている秀雄とみどり、そしてめぐみとりなを見つけて、守は不思議がった。
「何してるの?そんなところで」
「え・・・」
事態を今理解したばかりの秀雄は一瞬、返答に困ってしまった。
みどりはめぐみとりなを講堂から出るように促し、ドアを閉めた。
生徒達は続々と階段を上がってくる。階段の上部は生徒達でいっぱいになった。
「みなさん、一旦教室に行ってもらえますか?」
「えー」
「どうしたの?」
と、生徒達は不思議に思いつつ階段を降りていった。
みどりは落ち込むめぐみとりなの肩を押して、先に階段を降ろさせた。
「中村先生・・・」
みどりは秀雄を見た。
合唱の練習が出来ないことより、責任を感じているめぐみの方が心配だった。
「はい。僕に考えがあります」
秀雄は、みどりに笑って見せた。
一番最後に教室に入った秀雄とみどりは、トボトボと机の間を歩き、めぐみがやっと自分の席につくのを見てから、笑って声をかけた。
「みなさん、以前から考えていた練習方法があるんですが、それをするのは出来れば全員揃った時にと考えていました。今日は夏休みが始まってから初めて全員揃いました。そこで提案です。今日はその練習をしてみましょう」
「え?どんな練習ですか?」
秀雄の真ん前に座る均が顔を上げて聞いた。
「みなさんはいつも講堂で練習をしています。でも天井が丸いでしょう。結構声が響くんですよね。みなさん、お風呂で歌を歌うと上手くなった気がしませんか?あの講堂ではそれに近いことが起きているんですよ」
「へ~」
「先生、どんな練習をするんですか?」
栞が聞いた。
「実は皆さん、一度だけその練習をしているんです。・・・・・・病院の窓の下で皆さん歌ってくれましたね、僕が入院した時です。外で歌うんです」
生徒達はあの日を思い出し、眼の前の秀雄を見た。
「先生、その練習、僕だけ参加していません」
均が手を挙げて言った。
「そうでしたね。じゃあ、今日は全員、外で合唱をします。ちゃんとお腹から声を出さないと、合唱になりませんよ」
「はい」
均が、みんなが輝いた表情で返事をした。
「で、どこで練習するの?」
「グラウンド?」
生徒達が言う。
それを聞いてみどりが言った。
「みんな、折角だから景色のいい所で歌わない?学校を出て駅に向かう途中にある、公園・・・清水ヶ丘公園・・・みんな知ってるわよね。そこにしない」
「いいねぁ。気持ち良さそうだ」
「でも、外で恥ずかしくない?」
「大丈夫、そんなに人は来ないよ」
「時間が無いから、行こうぜ行こうぜ」
守と雅人が立ち上がった。
それにつられて生徒達も立ち上がる。
めぐみも秀雄の方を見ながら立ち上がった。
秀雄は笑って頷く。
生徒達は全員、下駄箱の方へ向かった。
「中村先生、先に行ってください。すぐに行きますから」
「はい。分かりました」
秀雄は理由は聞かなかった。みどりには何か考えがあると思っていた。
「あら、学校のそばにこんな眺めのいい公園があったんだ」
栞が言った。
栞をはじめバス通学をしている生徒達はなかなかこの公園に立ち寄る事はなかった。
クラスの中で最も自宅が学校に近いりなは、この公園に毎日のように来ていた。
飼い犬の散歩のルートであった。
そして、秀雄と距離を縮めた場所でもあった。
「じゃあ、皆さん。練習を始めましょう。どこに並びましょうか・・・。景色のいい方を見て歌いましょう」
生徒達は町を一望できる傾斜の上に立った。
そばには大きな木が立っている。
「あれ?みどり先生は?」
「みどり先生はちょっと用事があって、後から来ます」
「でも、みどり先生が来ても、ピアノが無いから伴奏できないよ」
「あ、そうだそうだ」
そんな生徒達の前に秀雄は立った。
秀雄は両手をさっと挙げる。
「あ!」
「危ない!」
秀雄はバランスを崩して、斜面に倒れそうになった。
眼の前のめぐみやりな達が慌てて手を伸ばし、引き寄せた。
「あ、ありがとうございます」
「先生、危ないよ」
「みんな、ちょっとずつ下がって」
守の声に皆従って、二歩ずつ後ろに下がった。
これで、秀雄はまっ平らな場所に立つ事が出来た。
秀雄は改めて指揮を始めた。
3Gの生徒達ののばらが、夏の日差しの中に広がった。
生徒達は気持ちよく歌い続けた。
ピアノの伴奏は無かったけど、全く気にならなかった。
秀雄の手が止まる。
満足出来る、内容だった。
そもそも、体育館だと響くから・・・なんて、後からつけた適当な理由だった。
確かに合唱コンクールの本大会に進めるかどうか微妙な技術だったが、合唱を始めて間もない生徒達ばかりだが確実に成長していた。進歩していた。
めぐみが笑っていた。
場所取りでちょっと責任を感じていたようだが、広い場所で歌っている時の表情は気持ち良さそうだった。
合唱に最後に参加してきた均も、明るい表情で歌っていた。
一人合唱の列に参加できなかった秀雄の入院の時のこと、教室では冗談めいて言っていたが、まだ気にしているのかもしれない。
でも、秀雄の知らなかった均本来の明るさが顔を出してきた。
秀雄たちはのばらを2度繰り返して歌った。
直上を目指す太陽は少しずつ力を増してきた。
「じゃあ、ちょっと休憩にしましょう。出来るだけ、日陰に入ってください。トイレはあっちの建物の中にありますからね。あ、冷水機もありますから水分も補給してください」
秀雄はテキパキと指示を与えた。
トイレと水を飲みに行った生徒以外、殆どが大きな木が作り出す、日陰の中にいた。
めぐみはポケットに入っていた、レンズつきフィルムでみんなの写真を撮った。
愛華や萌はピースをしている。
あと、一枚だけフィルムが残った。
みると、町の方をじっと眺めている中村先生が目に入った。
めぐみは回りこみ、声をかけようとした。
が、めぐみは一瞬言葉を飲み込んだ。
秀雄の表情がとても穏やかだった。
いつの頃からか、秀雄が何か変わったのにめぐみは気がついていた。
そして、その理由の一つが病気だとも知った。
それ以来、秀雄の穏やかな表情は何度か見ていた。
でも、今日の表情はもっともっと穏やかに見えた。
めぐみは、声をかけることは出来なかったが、レンズを向けて静かにシャッターを切った。
「あ、みどり先生!」
傾斜の上の方でそんな声が聞えた。
秀雄も振り向いていた。
めぐみも気をつけて斜面を上がって行った。
みどりはピアニカを持っていた。
「あー、それ!」
「ふふふ。借りてきちゃった。音楽の先生、お休みだったから教頭先生にお願いしちゃった」
「ははは」
みどりは、めぐみを見つけて近寄ってきた。
みんなに聞えない程度の声でめぐみに話しかけた。
「杉田さん」
「はい」
「赤井先生、謝っていたわ」
「え?」
「施設使用許可のノート。一緒に確認したら、バスケットの試合が書かれていた今日のページ。そこに杉田さんの書いた使用許可書も挟まれていたの。それを見つけて、赤井先生思い出したの、日程が重なっていたことを。赤井先生、他校との交流試合だから、めぐみさんに日程の変更が出来ないか相談しようと思っていたけど、忘れていたそうよ」
「そうだったんだ」
「ごめんなさいね」
「みどり先生が謝る事じゃないですよ。それに、今日この時間だからみんな集まれたんだし、とってもいい練習になったし」
「そう。じゃあ、もう少し頑張ろうか」
「はい」
「中村先生、練習始めましょう!」
みどりがピアニカを掲げて秀雄を促した。
「はい」
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