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カンパイ [書斎の本棚]

二次小説です。





カンパイ

3回の表の攻撃中。
スコアボードを見ると、既にゲームは動いていた。
どうやら劣勢のようだ。
田岡雅人は気を取り直して、客席を見回した。
学校の応援席以外はまだまだ空席が目立つ。

「おーい、雅人。ここだ。ここ!」

田中守が立ち上がり手を振っていた。
雅人も軽く手を挙げて、ゆっくりと守の方へ向った。
雅人が席に着いた時には陽輪学園の3回の表の攻撃は見所なく終わった。

「ひさしぶりだな」
「ああ」

毎年のように同窓会を行っていた3年G組の面々も、転勤があったり、結婚したり、出産したりと忙しかった。同窓会はしばらく行われていない。
年賀状だけの付き合いになったクラスメイトも少なくない。

広告代理店に勤める守はあれ程仲の良かったG組が、中村先生のG組が音信不通という事態に耐えられなかった。会社の合併や結婚、子育てとなかなか行動に移すことが出来なかったが、諦めるつもりはなかった。それを教えてくれたのは中村先生だ。

よく一緒に行動をしていた吉田均と田岡雅人とは簡単に連絡はつく。雅人と結婚した萌に言えば、鈴木りな、黒木愛華、赤坂栞にすぐ連絡が取れる。もちろん、杉田めぐみにも連絡は取れるが、めぐみはG組だけでなく、今では日本国中、誰もが知っている歌手になっていた。
だが、それ以外となるとクラスメイトが今、どこに住んでいるのか?結婚はしたのか?はっきりしていないことが多かった。
みどり先生に聞いてみると、何人かは年賀状をやり取りしているので連絡先はわかるが、いつの間にか立ち消えになってしまった生徒もいたので、全員は分からなかった。

守は雅人、均と協力してクラスメイト探しに奔走した。
みどり先生から教えてもらった住所に手紙を出した。それ以外の者には卒業時の名簿の住所に取りあえず葉書を送った。女子の家には萌の名前で発送した。
約一週間後には少しずつ反応があった。
書いて送った守のメールアドレスに連絡が来たり、郵送で返事が来たり。
海外から返事が来たりした。イギリス人と結婚してロンドンに住んでいるそうだ。

だが、何通かは記載の住所に該当する届け先が無いと返送されてきた。
実家も卒業後に引っ越ししていると、このようなことになる。
でも、これで半分位のクラスメイトとはいつでも連絡がつけることができた。
みんな殆どがパソコンや携帯電話でメールを扱っているので、それを活用することとした。
新しく連絡がついた者が増えると、近況報告のメールが届く。萌が送った手紙が戻ってきた場合でも、新しく見つかった人間が、現住所を知っていることもあり、ペースは遅くなったが少しずつ輪が大きくなってきた。

誰かを探すだけのメールだけでなく、冗談や今日の出来事、子育ての相談、飲み会の相談などの情報が毎日のように飛び込んでくる。そんな中に母校陽輪学園の高校野球夏季大会の話があった。

あの当時学園には野球部はなく、高校野球とは無縁だった。3年生になれば部活動は出来ない規則があったので運動部も大した成績は収めることは出来なかった。
だが、彼らが卒業してから少しずつ学園にも変化が起きていた。
合唱も有志の集まりだったのを吉田均が正式な部活動まで持って行った。
その後も均は複数の顧問を積極的に務めていた。
県下でも有数の進学校である陽輪学園だが、すこしずつ方針を変えていた。
― 文武両道 -
陽輪学園はスポーツにも力を入れ始めていた。



「なあ、あいつ野球出来るのか?」
「さあ、俺も聞いたこと無い」

二人は守備に散らばる選手たちを見送る吉田均をスタンドから見ていた。
手をたたき、大きな声を出している吉田均監督。
ベンチに戻る時に均はちらっとスタンドを見上げた。
クラスメイトに一斉発信されるメールは勿論均にも届く。
野球部が創部されて、いや、学園創立して初めて4回戦まで進出した。
それを聞きつけた守がメールでみんなに教えたのだ。
殆ど誰も母校に野球部があることすら知らなかった。そして、均が監督をしていると分かると驚いた。

4回戦、第三試合に守と雅人が応援に来ていたのだ。
一番多忙と思われた雅人が、大学病院のシフトがオフだったのでいの一番に応援に行くとメールでよこしてきたのだ。平日だったので応援に来れたのは二人だけだった。

学校はまだ夏休み前で、生徒全員の応援は来ていないようだ。
相手チームの応援団に比べると、陽輪学園の応援スタンドはちょっとさびしい。

金属バットが甲高い音を発してボールが外野の間を抜けていく。
また一人、ホームへと帰ってくる。
この回、ワンアウトも取れないのに2点が追加された。

「おちつけー!」

守が立ち上がって叫んだ。
マウンドで汗をぬぐうピッチャーまで聞こえただろうか?
雅人もスコアボードのラインナップメンバーを見て

「山本!がんばれー!」

と声を出す。







回も進み何とか1点取り返したが、規定によりコールドゲームとなった。完敗であった。
スタンド前まで来て、応援に感謝して挨拶する後輩たちに守と雅人は立ち上がって拍手を送った。



県営の球場から電車に乗って横浜へと向かう。
ちょっと時間を潰して、待ち合わせの量販店の前に二人が行くと、栞と愛華が待っていた。
すぐにりなと萌がやってきた。りなと萌は子供たちを両親に預けてきた。
めぐみがみどり先生の手を引いてやってきた。
めぐみは帽子もサングラスも、何の変装もしていなかったが、誰にも気がつかれなかった。

「めぐみ、よくバレないわね」

愛華が心配してめぐみに聞いた。

「え?いつもこんな感じよ」

めぐみはきょとんとして答えた。
本人はあまり意識せず、あまりも堂々としているのでそれ程周りも気がつかないようだ。


「さあ、行こうか」

守が声をかける。

「吉田は?」
「ん?ちょっと遅れるって」
「負けたんだって?」
「ああ。相手は強かったよ」

デパートのエレベーターに乗って屋上へと向かう。

「でも、陽輪学園が甲子園へ行けるかと思うとちょっとワクワクしちゃった」

萌がいう。

「神奈川県は出場校が多いんだよ。あと何回勝てば甲子園へ行けるのか知らないだろ」

雅人が言うと、

「でも、私たちがいた頃は野球部すらなかったから、それに比べたら、4回戦っていうだけでうれしいじゃない」


ビアガーデンの入口についた。

「9人で予約した田中です」
「お待ちしていました。ご案内いたします」

店員の案内で席に案内された。
メニューを開き、とりあえずビールを頼むことに。

「みんなビールでいいの?杉田は大丈夫?・・・OK。大?中?・・・中でいいか」
「私、あまり飲めないから小でいい」
「あ、私も小で」

りなと萌が小ジョッキにした。

「じゃあ、中が6つに小が2つ」
「かしこまりました」

店員が下がると話がまた始まる。

「俺、ずっと水分我慢していたんだ。早くビール来ないかな」
「あ、それあんまり体に良くないよ。ちゃんと水分を補充しないと熱中症になっちゃうよ」
「そうなんだよね」
「もう若くないんだから」

彼らは今年40歳になっていた、もしくはなろうとしていた。
そんな輪の中でみどり先生がニコニコしていた。

「しかし、みどり先生、あの頃と全然変わらないですよね」
「そんなこと無いわよ。お腹も出てきたし、あちこちがたも来てるし」
「えー、みどり先生がお腹が出て来たって言うんなら、私はどうなるの?」

二人の子供を出産したりなは、どことなく肝っ玉母さんという表現が似合ってきていた。

「俺達が高校三年の時、みどり先生は2じゅう・・・25歳位でしたっけ」
「そうよ、25歳。3年の途中で26歳ね」
「あの頃の8歳差って、決定的に違ったけど、今の8歳差ってあまり変わらないんじゃない」
「うんうん、こうやって一緒にいても周りの人から見れば先生と生徒っていう関係とは思われないわよ」
「そう?」


「おまたせしました」
「お、来た来た」
「はい、小ジョッキは鈴木と近藤・・・じゃなくて、えーと田岡萌さんと・・・あれ?」
「もう面倒臭いから鈴木と近藤でいいわよ」

りなが言った。

「そうね。私も独身気分で今日は飲むわよ」

萌も言う。

「どうする?旦那さま」

守が絡むと

「ご自由に・・・」

雅人は気にもせず、ジョッキを送った。

「で、結婚していないのは・・・」

視線が栞に集まる。

「私はビールが恋人」
「あと、結婚していないのは・・・均だよな」
「赤坂、お前、均と結婚すればいいじゃん」
「え?何言ってるのよ!」

栞はちょっと顔を赤らめる。

「さあ、飲もう飲もう」
「みんなビール廻った?」
「OK」

みんながジョッキを持ち上げる。

「先生、一言」
「え?そうね・・・みんな元気そうで良かった。こうやってまた集まりましょう。じゃあ・・・」

みんなジョッキを前に差し出そうとした瞬間

「あ、ちょっと待って」

みどりがジョッキを下げた。

「あ、ごめんごめん遅くなった」

均が額に汗をかきながらやってきた。

「あー!吉田、絶妙なタイミングで来た」
「泡が・・・ビールの泡が・・・」
「え?」

均は状況が最初良く分かっていなかったが、すこしずつ事態が呑み込めた。

「あ、俺にかまわず飲んで」
「せっかく間に合ったんだから、もうちょっと待とうよ」

めぐみが言った。
みんな、ブーブー言いながらも笑って賛成した。

「店員さん、生中大至急」
「はい」

少しずつ泡が減っていくジョッキを眺めながら雅人が言った。

「じゃあ、この後はみんなでカラオケ行くからな。罰でお前が指揮者だ」
「え?もしかしてのばらを歌うの」
「そうよ。ちゃんと指揮してね。それがないと、私たち歌えないからね」
「よし、わかった」

均のジョッキが運ばれてきた。

「では、あらためて・・・」
「カンパーイ!!」

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