冬が始まるよ [書斎の本棚]
二次小説です。
冬が始まるよ
すーっと立ち上る湯気があっという間に冷たい空気に溶け込み、開けた視界の先に黄金色に輝くそれが見えた。
一目でとてもいい状態だと見てとれる。
みどりはそれを眺めながら、一瞬のうちに色々なことが脳裏に浮かんだ。
「みどり先生、僕は小さい方でいいですからね」
秀雄はいつものように優しくそう語りかけてきた。
みどりは思わずはっとした。
みどりの手によって二つに分けられた石焼き芋はおよそ均等ではなく片方が、もう片方の倍位の大きさになってしまっていた。
みどりは秀雄の方を見た。
秀雄は優しく微笑んでいる。
みどりは思った。
あまりに不均等に割れてしまった焼き芋にわたしが困ってしまったと思っているのだろう。
秀雄の手が伸びて、みどりの持つ小さい方の焼き芋を手に取った。
「あっちっち」
「中村先生、気を付けてくださいね。口の中も火傷しないでくださいね」
「はい」
公園のベンチで二人並んで焼き芋を食べる。
公園の入口にいる焼き芋売りにはまだ数人の客が並んで自分の順番がやってくるのを待っている姿が見えた。
みどりは焼き芋を口に運び一口食べた。
「うん、おいしい」
秀雄はみどりの大きな目がさらに大きくなるのを見てから、一口食べた。
「うん。おいしい。とっても甘いですね」
みどりが考えていたのは、不均等に割れた芋のことではなかった…。
二人は仕事を終えると一緒に家路についた。
いつも通る公園の前に石焼き芋屋が出ているのに気がついた。
すでに今シーズン何回か売りに来ているのを見つけていたが、それまではあまり手を伸ばそうとしなかったのだが…。
ここ数日急に寒くなってきた。
思わず目を奪われた。
秀雄はそんなみどりに気がついたのだろう、食べましょうか?と言ってきた。
フーフーと息を吹きかけ火傷しないように二人で食べた。
頬がどうにかなってしまいそうなくらいホクホクとした芋だった。
みどりは思い出していた。
二人の交際が始まった春早い頃、二人並んで焼き芋を食べた。
ちょっと行儀悪いが歩きながら、それぞれが一本ずつ焼き芋を頬張った。
あの頃は、秀雄の体を蝕む病気のことなど知らずにいた。
秀雄の病気を知り、結婚し、季節は巡った。
そして、今日、再び焼き芋を二人で食べる。
秀雄の食は細くなり、秀雄は丸々一本食べることは出来なくなっていた。
歩きながら食べることもつらく、ちょっと寒いけど公園のベンチに座りながら食べなければならなかった。
今年初めの健康診断で秀雄の余命があと一年と告げられたことを聞いていた。
春が来て、夏が来て、秋が来た。
冬が来ると季節が一周してしまう。
みどりは冬が来て欲しくないと思っていた。
他の季節に比べて秋というのはちょっと曖昧な季節に思えた。
今年の夏は冷夏だったので、例年程暑さは厳しくなかったが、それでも残暑はあった。
でも気がつけば、いつの間にか毎日涼しくなっていた。
国語の教師をしているみどりは他の季節にはない表現を知っていた。
秋という季節だけは深まると言った。
秋の色が濃くなって、その濃度が限界を超えると冬がやってくるのだろう。
ちょっと厚手のコートを出しても、夕食に鍋料理が増えても出来れば冬を認めたくなかった。出来れば秋のままで時が止まって欲しい。一日でも、一時間でも、一秒でも…。
みどりはそう思っていた。
「みどり先生」
「はい?」
秀雄の呼びかけに慌ててみどりは顔をあげた。
「合唱コンクール、決勝まで行けますよね」
「…はい」
「それに、新婚旅行も行きたいですね」
「はい」
みどりははっとした。
秀雄は足を止めていなかった。
みどりは手にしている最後の焼き芋の欠片を心の迷いとともに口に放り込み飲み込んだ。
みどりは二度目の冬を受け入れた。
冬が始まった。
冬が始まるよ
すーっと立ち上る湯気があっという間に冷たい空気に溶け込み、開けた視界の先に黄金色に輝くそれが見えた。
一目でとてもいい状態だと見てとれる。
みどりはそれを眺めながら、一瞬のうちに色々なことが脳裏に浮かんだ。
「みどり先生、僕は小さい方でいいですからね」
秀雄はいつものように優しくそう語りかけてきた。
みどりは思わずはっとした。
みどりの手によって二つに分けられた石焼き芋はおよそ均等ではなく片方が、もう片方の倍位の大きさになってしまっていた。
みどりは秀雄の方を見た。
秀雄は優しく微笑んでいる。
みどりは思った。
あまりに不均等に割れてしまった焼き芋にわたしが困ってしまったと思っているのだろう。
秀雄の手が伸びて、みどりの持つ小さい方の焼き芋を手に取った。
「あっちっち」
「中村先生、気を付けてくださいね。口の中も火傷しないでくださいね」
「はい」
公園のベンチで二人並んで焼き芋を食べる。
公園の入口にいる焼き芋売りにはまだ数人の客が並んで自分の順番がやってくるのを待っている姿が見えた。
みどりは焼き芋を口に運び一口食べた。
「うん、おいしい」
秀雄はみどりの大きな目がさらに大きくなるのを見てから、一口食べた。
「うん。おいしい。とっても甘いですね」
みどりが考えていたのは、不均等に割れた芋のことではなかった…。
二人は仕事を終えると一緒に家路についた。
いつも通る公園の前に石焼き芋屋が出ているのに気がついた。
すでに今シーズン何回か売りに来ているのを見つけていたが、それまではあまり手を伸ばそうとしなかったのだが…。
ここ数日急に寒くなってきた。
思わず目を奪われた。
秀雄はそんなみどりに気がついたのだろう、食べましょうか?と言ってきた。
フーフーと息を吹きかけ火傷しないように二人で食べた。
頬がどうにかなってしまいそうなくらいホクホクとした芋だった。
みどりは思い出していた。
二人の交際が始まった春早い頃、二人並んで焼き芋を食べた。
ちょっと行儀悪いが歩きながら、それぞれが一本ずつ焼き芋を頬張った。
あの頃は、秀雄の体を蝕む病気のことなど知らずにいた。
秀雄の病気を知り、結婚し、季節は巡った。
そして、今日、再び焼き芋を二人で食べる。
秀雄の食は細くなり、秀雄は丸々一本食べることは出来なくなっていた。
歩きながら食べることもつらく、ちょっと寒いけど公園のベンチに座りながら食べなければならなかった。
今年初めの健康診断で秀雄の余命があと一年と告げられたことを聞いていた。
春が来て、夏が来て、秋が来た。
冬が来ると季節が一周してしまう。
みどりは冬が来て欲しくないと思っていた。
他の季節に比べて秋というのはちょっと曖昧な季節に思えた。
今年の夏は冷夏だったので、例年程暑さは厳しくなかったが、それでも残暑はあった。
でも気がつけば、いつの間にか毎日涼しくなっていた。
国語の教師をしているみどりは他の季節にはない表現を知っていた。
秋という季節だけは深まると言った。
秋の色が濃くなって、その濃度が限界を超えると冬がやってくるのだろう。
ちょっと厚手のコートを出しても、夕食に鍋料理が増えても出来れば冬を認めたくなかった。出来れば秋のままで時が止まって欲しい。一日でも、一時間でも、一秒でも…。
みどりはそう思っていた。
「みどり先生」
「はい?」
秀雄の呼びかけに慌ててみどりは顔をあげた。
「合唱コンクール、決勝まで行けますよね」
「…はい」
「それに、新婚旅行も行きたいですね」
「はい」
みどりははっとした。
秀雄は足を止めていなかった。
みどりは手にしている最後の焼き芋の欠片を心の迷いとともに口に放り込み飲み込んだ。
みどりは二度目の冬を受け入れた。
冬が始まった。
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